御茶の水美術専門学校の評判(卒業生)
卒業生の声
森田惇也さん
2023年
営業
株式会社キョウエイアドインターナショナル
授業を通して、何かを生み出すことよりも、考え方や理論を学ぶことで、表現の幅を広げていく方が好きだということに気づいた。
アニメーションの作画に夢中だった高校時代。体験授業でプランニングの面白さを知った。
高校時代の私はアニメが好きでキャラクターというよりも作画に興味があり、原画集などを集めているような学生でした。定時制の学校に通っており、授業終わりの時間と部活の時間の空き時間が長かったので、放課後は美術部には入らず、飲食店でキッチンのアルバイトをしたり、友人とゲームをして長時間話していることが多かったです。
将来を考えた時に漠然とアニメ業界に進みたいと思い、アニメーションやゲームクリエイターの専門学校を見ていたのですが、高校3年生の時にOCHABIのアドバタイジングの先生が高校へ学校説明に来てくださったことがきっかけで、今までなかった物事の見方に衝撃を受け、OCHABIに興味を持つようになりました。
アニメーションの学校も5校ほど見学しましたが、どの学校も技術力を上げることに特化した教育方針だったため、将来を考えた時に、アニメーションの技術だけ上げることに不安があった点と、元々人と話すことも好きだったのでコミュニケーションのスキルも上げられそうという点から、当初のアニメーション業界志望から大きく方向転換してOCHABIへの入学を決めました。
自分の意見を押し通すのではなく、他者の意見を取り入れて良いものを作るリーダーを目指した。
OCHABIに入学して大きく変わったのは、人とのコミュニケーションです。
高校までは自分が話しやすい友人とつるんでいるような学生でしたが、OCHABIの授業は必ず人と話すので、誰に対しても自分から話すということが強制的に身についた3年間でした。
特に大変だったのは1年生の時のステージプレゼンテーションで、高校時代から憧れていたリーダーというポジションに初めて立候補しましたが、他の人へアイディア出してもらうことを促す難しさを実感しました。自分はアイディアを出すことが得意でしたが、自分のアイディアだけを押し通してしまっては、チームで取り組んでいる意味がありません。自分の意見の中にも他人の意見を取り入れていくことで、更に良い企画になると考えていたので、チームで作業をする際には、この部分を大切に取り組んできました。
1番好きな授業は入学のきっかけにもなったアドバタイジングで、この授業が将来を考えるときにターニングポイントになったと思っています。元々アニメーターに興味があった私でしたが、OCHABIの授業を通して、何かを生み出すことよりも、考え方や理論を学ぶことで、表現の幅を広げていく方が好きだということに気づきました。
営業の力を身に付けてから、好きなプランニングの道に進んでいきたい。
現在の私は、株式会社キョウエイアドインターナショナルにて電車やバスの交通系の広告の新規営業の仕事をしています。
学生時代は、発表の場があったので、クライアントの方がプレゼンテーションを聞いてくださるのですが、新規の営業は基本的になかなか話を聞いていただけず、スタート時点から違うことが学生時代と大きく違って、大変でした。
一方で「営業だけではなく、デザイナーの視点でもお客様と話が出来る」という点でOCHABIの学びが活きています。例えば、クライアントに対しても「情報量が多いのでもっと減らした方がいいのでは」といったアドバイスが行うことが出来るので、社内の中でも自分だけの強みだと感じている部分です。
学生時代から広告や企画をする楽しさを感じていたので、将来は企画プランナーになりたいと考えています。ただ、上司から「営業力は絶対にあった方がいい」と助言をいただいているので、まずは営業の力をしっかりと身に付けてから、次のステップとして自分の夢を叶えていきたいです。
薄井萌さん
2023年
制作
株式会社GIFTVOX
コミュニケーションが苦手だった私が、授業を通してチームで仕事をする達成感を味わえた
普通でいることが正しい道だと感じていたが、将来はやりたいことを優先したかった。
高校時代の私は、勉強を1番頑張っていました。テストの日程に合わせてスケジュールを組んで、その通りに遂行していき、夏休みの宿題は初月に終わらせて8月はずっと遊んでいるようなタイプでした。学年でも10位以内に入ることを目標にして、それ通りに成績を収めている達成感が好きでした。
一方で、小さい時から絵を描くことも好きで、やりたいことはそう考えた今しかできないと思い、将来は絵を描く仕事をしたいと思っていました。
マンガやアニメが好きだったので、アニメ関連の学科のある学校を探していましたが、自分がその業種で働くイメージがつかず、他の仕事も視野に入れ始めました。そんななかでOCHABIの体験授業に参加し、デザイン+マーケティングの考え方がとても新鮮に感じました。
いろんなことを吸収したいという気持ちが強くあったので、デザインだけではなく、幅広く勉強できること、すぐに仕事につながる授業が多そうだったこと、4年制の高度デザイン・アート科は大学卒業と同じ資格が取れることが決め手で、OCHABIを選びました。
チームの中で自分が貢献できる役割と立ち回り方を考えることが出来るようになった。
元々、私は自分に自信がない性格で、人とコミュニケーションをとることが苦手でした。
そんな中、OCHABIはグループワークが多いと聞き、社会に出る上で、コミュニケーションは重要考えていたので、強制的に自分を苦手なことに取り組む環境に身を置いて、克服しようと考えました。OCHABIでは学生同士のグループワークはもちろん、産学連携授業で学生のうちにクライアントとしてさまざまな企業と直接やりとりすることが出来たことも大きな経験でした。
1,2年生の時はチームのメンバーと考え方や意見が合わず、衝突することもあり、辛いことも多かったですが、グループワークに少しずつ慣れてきた3,4年生の時に産学連携授業で企業奨励賞や尊敬している方から特別審査員賞を受賞したことがとても嬉しく、今でも心に残っています。準備は大変でしたが、チームの他のメンバーが頑張っている姿を見て、自分自身もチームに全力で応えたいと、出来ることを考えて行動に移しました。結果を出すことで、チームで仕事をする達成感と楽しさを味わうことが出来ました。
自分が関わったことで、人が笑顔でいて欲しいということをベースにいろんなことに挑戦し出来るようになりたい。
現在の私は株式会社GIFTVOXにてライブコマースの制作業務に関わっています。
最初は他部署に配属されましたが、現在は大手アパレルの企業から定期的にライブコマースを案件でいただいているので、制作チームの1人として、現場で働いています。
これまでを振り返ると、イラストから学校を決めて、さまざまな授業を経験し、就職してテクニカルの分野に関わり、制作としてアパレルに携わるという、 面白い経歴だと思っていて、日々様々なセクションの人と話たりして新しいことを知れることはとても楽しいです。
現在クライアントとして関わっているマーケティングのチームでは、「こういうお客さんに売りたいからこうしたい」といった意向を汲み取って、 実現させるために動いたり提案したりことが多く、この考え方は OCHABIの授業で何回もやってきたことなので、社会に出て1番生きた部分です。
また、何十人もいるチームの中で自分がどう動けばいいのかを自発的に考えて行動することやイベントが開催される際、大きな会場で作業効率を考えた上での立ち回り方を考えることができる力はOCHABIのステージプレゼンテーションでの経験が生きています。
在学中は卒業制作展で「辛い経験をした人の人生や感情に寄り添い、心のよりどころと人が笑顔になってくれるデザインを作りたい」というテーマで制作したのですが、現在関わっている配信の事業は「物理的距離が遠い人にも、技術を通してもの届ける」という誰かの感情を動かせる仕事だと考えていて、根本は繋がっていると思います。
人が楽しそうにしているところや笑顔を見ることが私の幸せに繋がっているので、将来は「自分も楽しく生きる、プラス人の幸せに貢献すること」を目標に、探究心を忘れず興味があることには常に挑戦しながら、さまざまなことが出来る人間でいたいと考えています。
鈴木美優さん
2023年
デザイナー
株式会社あーす
社会に出てみてOCHABIの授業すべてに意味があったと思えた
個人で制作するよりも、コミュニケーションを取りながら制作したいという気持ちが強かった。
私は小学生のころから収集癖があり、ガチャガチャや綺麗な石を集めるような子どもでした。中でも好きなのは文房具で、「私はこれが好きだけどこの人はこれが好き」といった人の好みが違うことが面白いと感じて、デザインに興味を持ち、中学生の頃からデザイナーになりたいと思っていました。
高校時代は美術部に所属していましたが、所属していた部は「自分と対話して作品を作る」という個人作業の方針が強く、このスタイルは自分には合わないと感じていました。
私はどちらかというと、自分の作品を人に見せてフィードバックしてもらい、ブラッシュアップしていくような、人とコミュニケーションを取りながら作品を作り上げるスタイルの方が好きでした。
そんななか、卒業後はデザインの専門学校に進みたいと考え始め、
高校2年生の時にOCHABIの体験授業に参加しました。
プレゼンテーションや人とコミュニケーションを取りながらチームで進めていく授業があり、人に伝えるデザインを学ぶという点が自分に合っていると感じました。
また、2年制の専門学校は就職活動までのスケジュールが忙しいと感じていたので、
2年間しっかりデザインを学んだ上で就職活動の出来る3年制の専門学校という点も決め手となり、
高校2年生の終わりにはOCHABIに進学したいと考えていました。
実践のプロジェクトを通じて普段の授業の大切さを実感した。
OCHABIに入って大きな転機になったのは2年生での経験です。
1年生の時の私は、どちらかというとただ授業を受けに来ているタイプの生徒だったのですが、
2年生の時に、校長先生から内閣府のテキストの冊子を作るメンバーに入らないかとお声がけいただきました。
初めて「お客様に対してデザインをする」という経験だったので、
納期に対してのスケジュールの管理や自分自身が足りなかったindesignのスキルを学校の先生に聞いて身に付けるなど、
お客様に対してどう動くか自ら考えて動くようになりました。
このプロジェクトに参加してみて、お客様のイメージを汲み取る力がまだまだ足りないと実感しました。
実践を通して、コミュニケーションの力を養う普段の授業の大切さや自分自身の課題点を見つけることが出来、
この経験を経てから産学連携授業でリーダーを務めたり、
プレゼンテーションの際は、クライアントの企業理念を理解して内容に反映したり、
ドレスコードもどうしたらクライアントの方に喜んでいただけるかを考えて設定するなど、
1年生の時と授業の参加の姿勢が大きく変わり、企業奨励賞やベストドレッサー賞を受賞するといった結果にも繋がっていきました。
社会に出てみて、OCHABIの授業で経験したことが多かった。
現在の私は株式会社あーすにて、書籍やリーフレットなどのデザインを担当しており、中学生の頃から憧れていたデザインに関する仕事に関わっています。
実際に仕事をしてみて、OCHABIで学んだことすべてをかき集めたものが社会だと感じています。仕事をしている中でも「これOCHABIの授業でやったな」と思うことは多いです。
お客様の望んでいるものを細かく聞き取るヒアリング力や社内で打ち合わせる際には、相手にわかりやすく伝えるビジュアルコミュニケーションなど、
授業で学んだことが活かすことで、物事の決定がスムーズに進んだという経験が何度かあります。
今は周りの方に教えていただくという立ち位置ですが、今後はOCHABIでリーダーを務めた経験も生かして、組織を統括するようなリーダーとして活躍していきたいです。
西野双葉さん
2023年
デザイナー
株式会社アンファー
OCHABIは選択肢がたくさんあるからこそこれなら出来るが見つかった。
何故この商品に惹かれたのかを考えることが好きだった。
高校時代の私は部活動には所属せず、イベントごとの実行委員に参加したり、12名の友人と1つのグループで行動したりと多くの人と楽しく過ごすことが好きで、好きなアイドルのコンサートに行くためにアルバイトを頑張るなど、遊ぶことに全力でした。
将来を考えた時に、普段の生活の中でウィンドウショッピングをする際に「なんでこの商品に惹かれたのか」といったことを考えることが好きなことから、自分はマーケティングに興味があるということに気づき、マーケティングや経営学を学べる大学に進学しようと考えていました。しかし、受験が思ったようにいかず、浪人するか専門学校に進学するかで悩んでいた時に出会ったのがOCHABIです。高校の同級生が既にOCHABIへの進学を決めており、高校の先生も薦めてくれたタイミングで体験授業があったので参加しました。
元々実践で学びたいと産学連携授業のある大学を探していたのですが、大学のゼミと違い、年4回と成果発表の機会が多く、社会に出た時に役立つプレゼンテーションのスキルが学べそうだということが志望の決め手となりました。
OCHABIの授業を通して新たな夢が見つかった。
入学当初1番不安だったのは「絵が苦手」ということです。周囲は絵が得意な人がたくさんいると思っていたので、ついていけるか心配していましたが、絵を描くことをロジックに沿って教えていただいたので、絵に対するマイナスのイメージは段々なくなり、思ったよりも出来ると自信を持てるようになりました。
選択授業はさまざま分野のものを履修するようにしていました。写真の授業を履修した時にはスマートフォンで写真を撮ることが好きけど、カメラを扱うことは苦手ということに気付いたり、反対に販促物を制作するグラフィックデザインの授業が好きなことを発見するなど、自分の意外な一面を知りました。OCHABIの選択授業を通して、「これなら出来る」を見つけることが出来ました。
学生時代に印象に残っているのは、2年生の6月に参加した海洋インフォグラフィックスコンテストで、小学生の自由研究を本人と二人一組でグラフィックに表現したことです。作業は大変でしたが、ペアを組んだ小学生のお母様から自分の制作したものに対してお礼のメールをいただいたことが本当に嬉しかったです。
その他にも産学連携授業でクライアントにプレゼンテーションの内容を喜んでいただけた経験なども経て、2年生の夏頃から、将来はマーケティングそのものよりも、マーケティングの知識を活かしてデザインすることを仕事にし、自分が作ったもので相手を喜ばせたいという気持ちが強くなってきました。
デザイナーでもプレゼンテーションの考え方が重要だと実感した。
現在の私はアンファー株式会社で系列のクリニックに掲示するポスターのグラフィックデザインやバナーのリサイズ等のデザイン業務を行っております。
仕事としての制作物は世の中にリリースするものなので責任も大きく、当初は自分が制作したものに対して、修正の指示やダメ出しをいただくことも多々あり、落ち込むこともありましたが、最近は少しずつ慣れてきて、出来ることが増えたことを楽しく感じています。
デザインの案を上司に伝えるときに起承転結を頭において伝えるようにしていますが、これはOCHABIのプレゼンテーションの際に、聞いている相手が苦痛に感じないよう、いつも起承転結を意識して発表内容を考えていた経験が活きています。パッケージなどをデザインする際には、社内のブランドチームへデザイン案を数パターン出してプレゼンする機会もあるので、デザイナーにもプレゼンテーションの考え方は重要だということを実感しています。
現在はポスターやチラシなど短期間で使用するもののデザインを担当していますが、将来は店頭に並んだ時に消費者が「かわいい」と思って手に取ってもらえるようなパッケージのデザインやその商品の顔になるようなキービジュアル、ホームページをデザイン出来るようなデザイナーになりたいです。
狩野 智生さん
2023年卒業
デザイナー
有限会社ドットスタジオ
「かっこいい」の裏付けを考えることは新鮮と同時に鍛えられた部分だった。
海外研修を経て、いろんな人が見て楽しくなるようなものを作りたいと思った
小学生のころから図工が好きで、高校は姉も通っている実家の近くの工業高校に進学し、建築を学んで、資格も取りました。
そのまま建築の専門学校に入学したのですが、
海外研修でヨーロッパを訪れた際にカラフルな建物や街の雰囲気に溶け込んだポスターなど、日本にはない価値観に衝撃を受けました。
いろんな人が見て楽しくなるようなものを作りたいという気持ちと、もの作りだけではなく、
小さい頃から好きだった絵ももっと学びたいと感じ、当時は母から建築の専門学校を卒業してからの学び直しを薦められましたが、
「タイミングが今」という気持ちが大きく、デザイン系の学校探しを始めました。
ただ、今まで勉強したことは無駄にしたくないので編入で入ることが出来る学校であることと、今まで地元の群馬県から出たことがなく、
アルバイト先の社員の方から「東京に1度出てみると、いろんな人と出会うことで価値観が広がる」とアドバイスいただき、OCHABIを見つけました。
入学の1番の決め手は産学連携授業で、授業を通じて社会に出て即戦力になりたいという気持ちが大きかったです。
なぜこう思うのか、表面的な感想ではなく、裏付けを考えるようになった
建築の専門学校でも作るということは行っていましたが、「かっこいい」と表面的に思うだけで、裏付けを考えることやマーケティングの思考はなかったので、ロジカル的に考えることに対して、とても新鮮だったのと同時に苦労しました。
元々話すことは好きでしたが、説明することが苦手で、頭の中を整理して話すことが授業を通して1番鍛えられた部分です。
また、今までは個人作業が多かったのでチームで作業することも新鮮でした。編入して1番不安だったのは、他の学生より年上なので、周囲になじめないのではということでしたが、授業を通してみんなフラットに接してくれて、良い意味で編入したという感覚がなかったです。
チームで作業することで、自分にないアイディアがチームから出てくることが楽しく、特に3年生の最後の産学連携授業の自分のチームの企画が最優秀賞を取ったことが良い思い出として残っています。
自分自身がチームの中で心がけていたのは、自分の意見も言いつつ、相手の意見も尊重するということです。おかげで、自分が所属したチームで対立があったことはほとんどなかったように記憶しています。
また、建築をやってきた経験から、自分にしかできない展示の見た目の綺麗さにもこだわるという役割を率先して果たしてきました。
OCHABIのおかげで相手のイメージを汲み取ってデザインに落とし込むことが自然にできた
卒業後の私は、有限会社ドットスタジオで書籍の広告や装丁を担当しています。
入社を決めた理由は、少数精鋭の4人しかいない事務所なので、いろんなことを任せてもらえそうだと思った点と、
自分の中で売り上げに直結する広告の役割は、非常に重要だと考えたからです。
現在、一緒に仕事をしている編集者の中でデザインをされている方はいないので、まずは紙1枚のざっくりしたイメージ図をお持ちいただくことがほとんどです。
そんな時に「どんな相手に向けてなのか」「全体の雰囲気は?」など、自分で相手の意向を汲み取って、デザインに落とし込むという作業が自然にできたのは、OCHABIでの学びおかげだと感じています。
将来に関しては、学生時代に作ったキャラクターをブランドとして展開していきたいという気持ちや
一人暮らしの自宅の家具をほぼ自分で作るくらいに家具作りが好きなので、そちらの技術も生かしたいなど、やりたいことがたくさんあってまだ決めきれないのですが、
物を売るときには宣伝が必要だと考えているので、
広告を作る力や人を呼び込む力を養って、自分のやりたいことを叶えていきたいと考えています。
一戸 等さん
2019年卒業
グラフィックデザイナー
SHINKA株式会社
カルチャー全体を俯瞰しながら、ディレクションすることの面白さに気付いた。
高校時代の私
スケートボードに明け暮れ、社会の抑圧から逃れるために自由な表現を模索していた。
私は定時制の高校に通いながら、スケートボードに明け暮れる生活を送っていました。地元のコミュニティーには、ヒップホップやストリートダンス、グラフィティーアートなど自由に表現活動をする年上の友達が多く、また自分は5人兄弟なのですが、長男がイラストレーター、次男がWEBデザイナーといった家庭環境で育ったので、高校卒業間近になると自然と美術系の進路を考えるようになりました。通っていたのが4年制の高校だったこともあり、大学で漠然とした時間を過ごすより、早く自立したいという気持ちが強く、かといって2年制の専門学校だと2年目ですぐに就職活動なので、何かを突き詰めるための時間が心もとないと感じ、3年制に絞って探しました。そんな中、スケートボードを通じてストリートカルチャー全体を俯瞰して楽しんできた自分に気づき、手を動かして何かを作るクリエイティブだけではなく、全体をディレクションする立場について考えるようになり、ゼロからのコンセプト作りをロジカルに学ぶことができるOCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
プレゼンテーションの競争の中で、多様性を受け入れることの大切さに気付いた。
OCHABIでは年に4回の審査員やクライアントに対するプレゼンテーションがあるのですが、そこで賞をいただけるかどうかは学生同士の競争なので、負けず嫌いな私にとっては毎回が非常にプレッシャーでした。例えばスケートボードのコミュニティーでは、全員が同じものが好きで自分のビジョンを共有しやすかったのですが、OCHABIでは趣味趣向が違った学生同士でチームを組むこともあるので、「私はそう思わない」という意見が多く、どうやってその人のアイディアを企画に組み込めるか、どうモチベーションを下げずに次のアイディアに繋げるかについて思い悩んだ経験が印象的です。また成果発表会の特別審査員の講評で、「君が作るものは綺麗過ぎて付け入る隙がない」と言われたのは、目から鱗が落ちる思いがしました。人間同士でもそうですが、がちがちに固め過ぎることで人を寄せ付けない人って、近寄りづらいし愛されづらいと思います。OCHABIではクリエイティブの本質が作る人と見る人、多様な人間同士のコミュニケーションにあることを学びました。
現在の私
OCHABIのデザインアート思考®は、クリエイティブを楽しむための財産になる。
現在は、SHINKA株式会社のクリエイティブ部に所属し、主にグラフィックデザインをしています。ただクリエイティブ部にも売上目標が決まっているので、自分たちで積極的に企画を立てたり営業したりする必要があります。そんな時にOCHABIで身に付けたデザインアート思考®がとても役立っていて、純粋に自分の頭の中を整理できたり、企画を筋が通った形で説明できたりするので、クライアントが理解しやすく、納得感を持たせてあげられます。社会に出てみると分かるのですが、デザインアート思考®のようなマーケティングとプランニングのフレームワークは、よい広告をつくる人ほど掘り下げて設計の役に立てていますし、当たり前のように使いこなしている人もいます。もし高校時代の自分にアドバイスするとしたら、プロフェッショナルのよい仕事を見た時に、ただ見るだけじゃなくて、どういう風に作っているのかまで考えて刺激を受けることで、将来の自分がどんなクリエイティブに関わりたいのかを、自分事として考えることを勧めたいです。
赤羽 風太さん
2017年卒業
デザイナー、コーダー
株式会社Newbees
クリエイティブな直観の裏側に、ロジカルな判断が働いていることを学んだ。
高校時代の私
合気道に励んだ10代、気持ちが勝ったという理由だけでクリエイティブ系の進路を決めた。
私は、学生が不良かオタクかに二極化しているような高校に通っていましたが、私はそのどちらとも仲がよく、それなりに楽しい高校時代を過ごしていました。部活動はしませんでしたが、小学校高学年の頃に始めた合気道の道場に通い続け、現在では三段を持っています。高校三年生で進路を考え始めた頃は、IT系でプログラムを学びたいと思っていたのですが、浪人した時に小さい頃から何かを作ることが好きで、今では自分でアクセサリーを作っていることや、きれいな絵を見ることが好きだったことを思い出し、ITよりもデザインがいいなという気持ちが勝り、美術系の専門学校を調べ、直感的にOCHABIに決めました。母親からは専門職を学ぶのなら就職した方が早いとアドバイスされましたが、私が「OCHABIに行く」と決めたことを伝えたら、そこまで決めたなら自分で全部やるんだよと納得してもらえました。こうした経緯もあって、金銭的には両親から最初の入学の時だけ手伝ってもらい、その後は奨学金を借りるなどして自分で学費を払いながら通いました。
OCHABIで学んだこと
色んなことをやってみよう、そこで得られるものがあるんじゃないか、と前向きになれた。
OCHABIでの思い出は、やはり産官学連携授業です。社会人になった今も同じですが、何かをデザインするとなるとクライアントがいるので、その人との接し方とか、こういうデザインが欲しいと言われた時の相手のニュアンスの感じとか、共感の得る方法とかを学びました。そういった部分では、相手の力を使って技を掛けるという合気道の経験も活きていると思います。あと授業はもちろんですが、何よりも同じデザインを志向する友達がたくさん出来て、感性を刺激し合えたことが今でも大きな財産になっています。OCHABIでは遊びにも学びにもクリエイティブな意識が働き、面白そうな出来事を互いに提案し合うことで毎日を楽しく過ごすことが出来ました。学年が進むごとに、色んなことをやってみよう、そこで得られるものがあるんじゃないか、というムードが自然に盛り上がり、みんなの思いつきで茨城のスケートボードパークまで行って、朝までずっと滑っていたことや、卒業旅行で三宅島に行き、軽トラックを借りて島を一周したことなどが印象に残っています。
現在の私
なぜそのデザインが必要なのか、OCHABIでの学びがデザイナーとしての根本にある。
現在の私は、転職活動を経て株式会社Newbeesという会社で働いています。というのも私は、新卒入社をせずに卒業してから就職活動を始め、就活サイトで見つけた会社でキャリアをスタートさせたのですが、そこでは結婚式のランディングページのデザインをしていました。しかし9カ月ほどで会社の資金繰りが悪化して、給料の未払いが続いたので、転職活動をしなければならなくなりました。労働基準監督署で未払いの請求の手続きをしながら仕事を探したのは、滅多にない経験だと思っています。それでも、中途採用でよい会社を見つけ、現在は、アプリケーションのデザインやWEBサイトのコーディングをやらせてもらっています。特に最近は、電話で著名な占い師と直接お話して、悩みを相談し、運勢も占ってもらえる、その業界では有名なサービスのアプリをデザインしています。クライアントと打ち合せをする時は、なぜそのデザインが必要なのかをきちんと説明するようにしています。どんな仕事であれロジカルに説明する姿勢をOCHABIで身に付けたおかげで、経験を積むほど、クライアントに納得してもらえるプレゼンテーションが出来るようになりました。
西山 明佳音さん
2018年卒業
グラフィックデザイナー
株式会社野毛印刷社
自分のリーダーとしての正しさは、いかに人に支えてもらうかだとわかった。
高校時代の私
吹奏楽部の部長を務めた高校時代、楽しみながら技術を上げることが一番の課題だった。
高校時代の私は、吹奏楽部に所属し、本当に部活一筋という感じでした。3年生で部長になった時は、定期的なミーティングで部員たちの意見を聞きつつ、楽しい雰囲気を保ちながら、大会に向けて技術を上げていくことが大変でした。その結果、1年目には銅賞、2年目には銀賞だったのが、3年目で部として9年ぶりの金賞を取ることが出来たので、部長だった自分としては大切な成功体験になりました。もともと部活内で演奏プログラムの表紙や、部活Tシャツをデザインしていたことが美術系への進学を考えたきっかけなのですが、読書が好きで国語系が得意だったこともあり、将来は本の装丁を仕事にしたい気持ちがありました。3、4校ほど体験入学をした中で、OCHABIのデッサンの授業を体験した時に、たった1日で自分が成長できた実感があり、それがOCHABIに進学する決め手になりました。部活もそうですが、自分が成長しているという実感を持つことが大事で、このままがんばっていけばよい方向に進めるという将来への期待が持てる進路を選びました。
OCHABIで学んだこと
リーダーとしての正しさは、自分ひとりでチームを引っ張ることではないと実感した。
OCHABIでは、リーダーシップを培いました。もともと私は、産官学連携授業などのグループワークで、細かい作業を分担して自分ひとりで専門的に作るよりは、みんなの意見をふんわりまとめていくような、雰囲気作りやスケジュール管理、グループ内の人間関係において誰かが寂しくないかとかを、割と客観的に見ているタイプだと思います。ただ前に立つことが苦手なので、リーダーシップの取り方について悩んだ時期もあったのですが、リーダーがすべきことは、人を集めて話し合いの場を持ち、メンバーの意見交換を活性化すること、そしてどんどん決めて雰囲気を盛り上げていくことだとOCHABIでのグループワークで学びました。具体的には株式会社カワダのナノブロックのプロジェクトに取り組んだ時、企業奨励賞、ベストドレッサー賞、特別審査員賞、あと来場者の投票で決まる観客賞の4つの賞を取れたことが印象的でした。私の場合、リーダーとしての正しさは、自分ひとりで引っ張ることでなく、いかにチームのみんなに支えてもらうかだと思います。
現在の私
みんなで一個の素敵なものを作る楽しみが、自分の仕事のやりがいになっている。
現在の私は、株式会社野毛印刷社のグラフィックデザイナーとして、クロスメディア推進室という部署で働いています。もともとデザイン、写真、映像、企画といろいろなことに興味があったので、スペシャリストも素敵だと思うのですが、オールラウンダーとして活躍できそうな会社を選びました。今は例えば私がデザインを担当するとして、写真は別の人、文章はまた別の人に手配して、自分で全部をやらなくても、それらをまとめてひとつの素敵なものを作ることの楽しさを日々感じています。その点では吹奏楽部で部長を務めていた時から、みんなの楽器、みんなの個性をどうやってひとつの表現にするかを悩んできた結果、よい意味で冷めた視点を持ちながら、俯瞰したリーダーシップを発揮することの重要性を、OCHABIのカリキュラムの中で身に付けることが出来たと思います。将来はディレクターとして、プロジェクト全体をまとめる立場に就きたいと考えていて、すぐには成長できなくても、幅広く仕事に取り組むことで、数年後に実現できればと思っています。
池田 晴香さん
2019年卒業
デザイナー兼ディレクター
株式会社ラポール
どうやって贈るかではなく、なぜ贈りたいのかがクリエイティブだと知った。
高校時代の私
勉強も部活もがんばった高校時代、誰かに決められた常識にとらわれていた。
高校時代の私は、バドミントン部に所属し、中学ではキャプテン、高校では副キャプテンを務めていました。美術に強い高校だからか、最初はゆるゆるとした活動だったのですが、顧問の先生が替わってからは練習が本格的になり、厳しさの中で肉離れや怪我をしたこともありました。それでも部活を続けられたのは、同期や後輩にぶつかりながらも励まし合えるとてもよい仲間がいたからだと思います。絵を描くのは以前から好きで、色々な美術系の選択授業を受けていました。高校2年生の頃、もっと自分の好きなものを上手く人に伝えられないかな、と悩んだのですが、高校の進路の時間でOCHABIの時計をテーマにした商品開発をする体験授業を受け、その時に作ったとんでもない色をした猫の時計を、先生がすごく褒めてくれたことで、ひとつ常識が外れた感じがあり、OCHABIに進学したいと考えました。当時は勉強もがんばっていて成績もよく、大学を勧められもしましたが、その時の自分の体験を信じ抜くことができて、今でも本当に良かったと思っています。
OCHABIで学んだこと
HOWでなくWHYを考えることが、自分にとってのクリエイティブだと気付いた。
OCHABIのデザインアート思考®は、自分の頭で考えたことを可視化するツールなので、高校時代からの目標だった、自分の好きなものをみんなに伝えるということが、少しずつ上手くなっていく実感を得ることができ、授業がすごく楽しく感じました。もともと褒められると、どんどん楽しくなってがんばるタイプで、またOCHABIの先生は褒め上手というか、こちらの気持ちを上手く乗せてくれるので、苦しい時にも自分が表現したいことを見失うことなく、前向きに課題に取り組めました。マーケティングの授業では、社会人が使うようなカタカナの難しい専門用語が飛び交い、初めは戸惑いましたが、授業さえ聞いていれば必ず使いこなせるようになるので、真面目にメモを取ることを心掛けていました。今も一番心に残っているのは、産官学連携授業で先生から投げかけられた、あなたは誰にどんな価値を贈りたいのか、という問いで、それまでどうやって贈るかばかり考えてきた私にとって、なぜ贈りたいのかという自分の将来的なビジョンを考えるきっかけになりました。
現在の私
ビジュアルに描き起こすことで、人と人とのコミュニケーションを活性化できる。
現在の私は、株式会社ラポールのクリエイティブ事業部で、デザイナー兼ディレクターとして働いています。OCHABI在学中、進路に迷いながら就職活動をしている私を見て、キャリアデザインの先生がインターン先として紹介してくれた会社で、ひとまずやってみようと通っているうちに内定が決まりました。パッケージデザインをやってみたいとか、起業のプロデュースにも携わってみたいとか、将来やりたいことを前のめり気味に話していた姿勢を評価していただけたのだと思います。課題である、自分がいま感じていることを話すことについては、引き続きまだまだだな、と感じますが、OCHABIで学んだ、思考をビジュアルで可視化する能力は、仕事の上でもすごく役立っていて、例えば表参道のイメージがキラキラなのか、シンプルでかっこいいのか、ビジュアルに描き起こすことで相手とも共有できますし、自分の中でも整理できます。自分の課題を見つめ、そのためにはどんなフレームワークが必要かを考える主体性を、OCHABIで身につけることができました。
板橋 美月さん
2015年卒業
アシスタントディレクター
株式会社揚羽
ゼロからはじめてプロになる、きっかけさえあれば誰もが出来ると実感した。
高校時代の私
「得意」と「好き」、仕事に繋がるモチベーションを持てるのはどちらなのかを悩んだ。
高校時代の私は、小学校から続けていたバスケットボール部に所属しながら、5歳から始めた書道、6歳からの空手を続け、セミプロのバスケットボールチームのトレーナーもしていました。空手は社会人になるまでに黒帯の2段を取得し、書道は日本書写技能検定2級を取得した上で、通っている教室の師範の資格を持っています。それでも、子供の頃から絵を描くことが好きだったので、進路を選択する時には、スポーツ系か、大学の書道専攻か、美術系かで本当に悩みました。たくさんの学校を見学する中で、ほとんどの学校が、好きなことしていいけど自分で研究してね、という感じだったのですが、OCHABIのデッサンを体験した時は、指導がとても丁寧で、豆腐とレンガの描き分け方などを学んだ際、本当に楽しく、ゼロからはじめてプロになるというキャッチコピーが本当かも、と実感できました。両親からは「好き」と「得意」だったら、「得意」を選んで仕事に活かして欲しいと言われていましたが、結局、自分の「好き」が上回り、OCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
ひとりで進められるプロジェクトはなく、コミュニケーションが大事だと学んだ。
私は元々、風景より小さな空間、例えば部屋などをデッサンや水彩といったアナログな手法で描くことが好きでしたが、OCHABIに入学してからカメラを使った映像表現を学ぶ機会があり、自分のイラストを動かしてみたいと思うようになりました。初めはアニメーションに興味があったのですが、私が動かしたいイラストは背景が写実的なものが多く、次第に実写での映像表現に興味を持ち始めました。実写に取り組んでみて身に染みたのは、どのようなプロジェクトでも、ひとりでは進められないということでした。OCHABIには色々な選択制授業があって、カメラ、演出、カット割り、脚本、編集と身につけることができ、また幸い私は知らない人にもすぐに頼みに行けるタイプなので、先輩や後輩、時には先生方に手伝ってもらいながら、何とか自分の作品を仕上げていくことができました。産学連携授業ではチームの企画のCMを担当することで、プレゼンテーションに映像を使う面白さを実感し、その結果、目標を持って卒業後の進路について考えることができました。
現在の私
基本的なスキルをたくさん学んだことが、ディレクターの仕事に活かされている。
現在の私は、株式会社揚羽、制作部の映像グループで、アシスタントディレクターを務めています。仕事の多くはクライアントの社内用映像の制作進行で、組むディレクターによっては演出から編集までを一通り任せてもらえます。私が作っている社内用映像とは、企業が新しい人材を採用するための説明用動画だったり、社内で新しいプロジェクトを立ち上げる際のキックオフ動画だったり、営業の方が使うプレゼンテーション用動画のことです。OCHABIで学んだことに、ひとりで進められるプロジェクトはないということがあり、映像制作においてもカメラマン、録音、編集といった様々な専門家に頼らなくてはいけないので、コミュニケーションの大事さを実感する毎日です。子供の頃から自分が興味あることを片っ端からやってきた私ですが、もし進路に迷っている高校生がいるとしたら、1年間のうち1番時間を割いたものは何なの? と訊いてあげたいです。結局、自分の趣味や「好き」なことというのは、その時間の中に自然に現れていると思うからです。
香西 明日実さん
2017年卒業
事務職
株式会社シンクタス
本当に自分らしい選択しは、多くを学んだ先にあることを実感した。
高校時代の私
ひたすら部活で追い込まれ、進路について考えだしたのは3年生の夏の大会後だった。
私は中学1年生から、吹奏楽部のパーカッション一筋で、高校時代もひたすら部活に追い込まれていた3年間でした。土日含めて休みがほとんどなく、大会が近い時には、朝練、昼練、放課後練習とあり、毎日片付けの後でやっと19時くらいに下校できる感じでした。そんな生活が3年生まで続き、最後の夏の県大会で県代表に選出されず、引退が決まった時から、やっと進路について本格的に考え始めました。部活で好きなことができなかった気持ちが溜まりに溜まって、この先は好きなことだけやりたいと決心したことを覚えています。私は小さい頃から絵や物を作ったりするのが好きだったので、進路先はデザインを含め、美術系の方に行きたいな、と思っていました。OCHABIに決めたのは、デッサン未経験で美術大学を夏から目指すのは厳しかったということと、進学できたとしても予備校代含めて学費が倍近くかかること、そして何よりOCHABIの幅広いカリキュラムと、美術系なのに独自のプレゼンテーションの授業があることに興味を惹かれたからです。
OCHABIで学んだこと
大人でもこんなに喜んでくれるんだ、という実感が、その後の人生の自信になった。
OCHABIと言えば、やはり産学連携授業です。思い出に残っているのは、株式会社ロッテの「ガムの新しい価値を提案してください」という出題で、私のチームはガムの伸びる、くっつくを利用し、災害時に破片などをくっつけて安全に避難する災害用キットを提案しました。チームでの私の役割は聞き役で、相手の意見を絶対に否定しない、ということを意識しました。コミュニケーションが活性化するほど、企画のクオリティが上がることを、授業で学んできたからです。プレゼンテーションの後、ロッテの担当者から「すごくいいですね」とコメントをいただき、大人でもこんな喜び方するんだ、と驚くとともに、とても感動したことを覚えています。がんばったことをちゃんと評価されたことは、その後の人生にとっても自信になりました。OCHABIを卒業し、社会人になってもプレゼンテーションでは毎回緊張するし慣れるものではありませんが、学生時代から既に心構えが出来ていると共に、がんばったことは人に伝わるという実感が、今も私を後押ししてくれています。
現在の私
OCHABIの自由で開放的なカリキュラムが、人生の可能性と選択肢を広げてくれた。
現在は、株式会社シンクタスで事務職として働いています。この先は好きなことだけやりたいという高校時代の決心もあって、就職先は美術系にこだわらず、完全週休二日制で残業時間が少なめで自由に過ごす時間がきちんと取れる点を大事にしました。仕事内容としては主に経理で、会社の売り上げをまとめたり、仕事の請求書を発行したり、仕入れとそれに対する振り込みをしたりと日々お金の管理をしています。分かりやすく簡潔に物事を伝えなければならない場面も多いので、OCHABIでのプレゼンテーションや先生とのブリーフィングで培われた力が役に立っています。エクセルを使って色々な数字の突き合わせ作業をし、それがぴったりはまった瞬間は、「おおっ」て感動します。もともと数学は苦手で赤点ばかりでしたが、今では働きながら簿記3級も取得することができました。受験生の頃には、美術系に進学すると就職先が限られてしまう印象がありましたが、OCHABIの自由で開放的なカリキュラムのおかげで進路について自分らしく選択できました。
平渡 晴大さん
2019年
営業本部・企画営業課
株式会社三栄建築設計
新しい世界に踏み込むためには、ロジカルな思考が必要なのだと実感した。
高校時代の私
自分が何をしたいのか分からなかった高校時代、消去法で進路を選ぼうとしていた。
私は代々物を作る家系に生まれ、渋谷、表参道、青山といった街で育ちました。父は建築士、祖父は靴職人、曽祖父は宮大工だったと聞いています。私自身も絵とか物を作ることが大好きで、小学6年生の引越しで電車通いになると電車にハマり、初めは鉄道模型、中学生になると鉄道模型用のジオラマを作るようになり、高校時代も美術や陶芸の授業を積極的に選択しながら、趣味でジオラマを続けていました。やがて3年生になると進路に悩みはじめ、自分の興味あることって何だろう? と考えはじめました。初めは大学の経済学部のオープンキャンパスに参加してみたのですが、授業が長い上にものすごく退屈で、次に建築系の大学を受験したのですが計算問題が苦手で落ちてしまい、美術系の大学はキャンパスが遠すぎたり、受験準備が間に合わなかったりで、そんな時にOCHABIのWEBサイトを見て、自分がやりたいことが出来そうだな、と直観しました。進路については色々と迷ったのですが、やはりジオラマなどを作りたい気持ちが勝って、OCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
苦手だったコミュニケーションの授業が、社会人になってから 1番役立っている。
OCHABIに入って1番苦手だったことは、毎週あるコミュニケーションという必修授業でした。マーケティングからプランニングまで、デザインアート思考®に基づいたフレームワークをひとつひとつ身に付けることで、誰でもゼロから企画提案できるようになる、という内容なのですが、専門用語やロジカルな考え方が必要な内容で、とにかく難しいし疲れました。特に1年次は選択授業より優先されているので自分がやりたいことが出来ず、時には学校に通うこと自体を面倒に感じることもありましたが、産学連携授業で資生堂のプロジェクトに取り組んだ時、女性向けの商品ばかりで、男性である私は全く新しい世界に踏み込んだ実感を持つことができました。その時はじめて、新しい世界に踏み込むためにも、マーケティングに基づくロジカルなプランニングが必要なんだと理解でき、それからは授業が面白くなったのを覚えています。社会人として働いてみた今、はっきりと分かるのは、仕事に1番役立っているのが、このコミュニケーションの授業だということです。
現在の私
チームワークが求められる仕事の中でこそ、OCHABIでの学びの大切さを実感する。
現在の私は、株式会社三栄建築設計の営業本部・企画営業課で働いています。社員が700人ぐらいの東証一部上場の会社で、私は企画営業として、設計、工事、販売から1人ずつ、計4名のチームを組み、用地仕入れという部署が仕入れた土地に何を建てるのか、をプランニングする仕事をしています。もし設計が1人で設計図を描き、独断で進めてしまうと多角的な検証が出来ないので、そこはOCHABIの授業と同じに4人でひとつの机に固まって、土地と周辺環境をリサーチし、どういう人が住むのかペルソナを立て、だったらこういう外装デザインで、こういう間取りで、という風にラフプランを作り、そこから設計図を描いて、広告戦略を立てるといったチームワークを活かした仕事をしています。社員に大卒が多く、3年制のOCHABIを卒業した私にとって周りは年上ばかりですが、ディスカッションやグループワーク、プレゼンテーションに慣れていない人が多く、そこはOCHABIでの学びを活かせたおかげで、責任ある仕事を任せてもらえていると感じています。
金田 香澄さん
2018年卒業
デザイナー
ヤフー株式会社
クリエイティブの正解は、自分自身で選択すべきことだと学んだ。
高校時代の私
勉強ばかりしていた高校時代、学年1位になっても勉強を仕事に結びつけられなかった。
高校時代の私は、とても真面目な優等生でした。部活動もせず勉強しかしていなかったので、成績も学年で1位でした。勉強以外にしていたことは、レンタルショップのアルバイトぐらいでしたが、人前だとすぐに緊張で話せなくなってしまうので接客業は向いてないなと思っていました。高3で進路を考える時は、勉強がどう仕事に繋がるかはわからなくて悩みましたが、ただ漠然と幼少期から絵を描くのが好きなのを思い出して、絵は得意な方だし、面白そうだという冒険心で美術系に決めました。母親は特に反対しませんでしたが、先生にはせめて美術系の大学を選択するよう勧められました。しかし、大学は専門学校と比べて学費が高く、予備校へ通う費用も考えると、経済的に難しいのでやめました。ただ、専門学校も専門学校で、コースが細分化していて学べる幅が狭く限界を感じていたのですが、OCHABIの体験授業に参加した時に、学科がひとつで、技術偏重でもなく、ビジネスの過程も学べることを知り、将来への可能性を感じてOCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
クリエイティブの正解は、クライアントではなくターゲットが持っていることを知った。
OCHABIの産官学連携授業は、もともと私が得点式の学習法に疑問をもっていたこともあって新鮮でしたが、その分、大きく悩みました。そもそもプランニング自体が初めてで、高校までは勉強して答えを暗記すればよかったのに、OCHABIでは基準となるような正解が設定されておらず、チームメイトと答えを議論しても意見がまとまらずに、みんながみるみる憔悴していったのを覚えています。その最中、先生に「知らないのは当たり前なんだから、恥ずかしく思わずまずは調べなさい」と言われ、実はマーケティングを怠ったせいでヒントにさえも辿り着けないことを知った時は、アイディアだけではなく、考える過程がいかに大切かを学びました。その後、資生堂株式会社のプロジェクトに取り組んだ時は、実はクライアントも答えを持っていなくて、ターゲットこそが答えを持ってることに気付いたのですが、実はその答え自体も複数あることがわかり、OCHABIでは、顧客のニーズは、自分が欲しい!と思うウォンツを基準に選択しなければならないことを学びました。
現在の私
会社の研修もOCHABIの授業と同じだった。あらゆる場面でOCAHBIの学びが活きている。
現在は、ヤフー株式会社というインターネット上の広告やイーコマース事業を扱う会社でデザイナーをしています。最近は主に「けんさくとえんじん」というキャラクターのコンテンツ制作をしています。入社してから受けた新卒研修では、グループごとに企画提案をしたのですが、OCHABIで学んだデザインアート思考®などの企画の考え方やブレインストーミングなどのテクニックがよく活きていると感じました。また、ビジュアルがあるとコミュニケーションがはかどることもOCHABIで学んだので、研修でも実際の仕事でも、何かを伝えたい時はマーケティングを意識して競合と比較しながら参考画像を探したり、落書きやラフ程度でもいいので絵を描いてビジュアルにすることを心掛け、自分が考えた過程もできるだけ伝えるようにしています。仕事はダイレクトにユーザーに届くので、必ず反応があって、そこに学生時代とは違うやりがいを感じています。将来は表面的なデザインだけでなく、もっと企画やアイディアの根本から関われるデザイナーになりたいです。
毛束 桃子さん
2018年卒業
デザイナー
株式会社エー・シー・シー
クライアントとの交流の中で、将来必要な専門性の実際を知った。
高校時代の私
美術の仕事に目覚めた高校時代、学費も距離も無理がない範囲で仕事に繋がる学校を選んだ。
私は小5からフルートを吹き始め、演奏への憧れから、吹奏楽部の活動が盛んな高校に進学しました。高校時代は演奏ばかりで、授業時間以外は朝から晩まで部活動に励んでいました。結果として、マーチングの全国大会で金賞を獲得できたのですが、いざ高3で進路を考える時にあれだけ時間を掛けた音楽と仕事をどうしても結び付けることができず、行き詰ってしまいました。美術を意識し始めたのは、吹奏楽部の演奏会のパンフレットで担当したページが好評だったからで、これをきっかけに美術を仕事にしようと思うようになりました。当初は美術大学も考えていましたが、校舎がどれも東京郊外で千葉県からは遠方にあり、学費も高かったので、都心部にある美術専門学校を選びました。いくつかの専門学校を見学してOCHABIを選んだのは、仕事に繋がるデザインの考え方をゼロから教えてもらえることと、産官学連携授業を見学した際に、社会人にプレゼンテーションをする学生を見て、その学生が働く姿や自分の将来をイメージ出来たのが決め手になりました。
OCHABIで学んだこと
クライアントも悩んでいる。チームに多様性がなければ解決のアイディアも出ない現実を知った。
OCHABIの産学連携授業が特別なのは、プレゼンテーションを公開していること、企画に先生や企業が設定する合格ラインがなく、採用か否かの真剣勝負で進むところだと思います。この授業では企業の悩みを「出題」として学生が受け取り、この解決策をクライアントや先生、チームのメンバーと意見交換しながら考えるのですが、私がここで気付いたのは、実はクライアントと呼ばれる社会人の方々も私たちと同じように悩んでいて、自分の会社の事情を知っているからこそ悩みから抜け出せないことでした。その点、学生は自由に発想できるのですが、社会人と話をするには、相手が共感できるプレゼンテーションを組み立てなければならず、デザインアート思考®で自分やチームの考えを整理できるようになったのは大きな学びのひとつです。また、卒業までに様々な業種のクライアントと関わっていく中で、マーケティング部や企画部、デザイン部などが単独で行動するのではなく、連携しなければならない時代になっている現実も、実感をもって学べてよかったです。
現在の私
ウォンツとニーズ、マーケティングがわかるデザイナーの優位性を社会に出て初めて実感する。
現在は、WEBや広告の企画や制作、イベント実施や広告業務をしている株式会社エー・シー・シーという会社でデザイナーとして勤務しています。今は主に広告のチェックやWEBサイトの更新などを行なっていますが、広告主の「ウォンツ」と掲載メディア側の「ニーズ」の両方を満たせるデザインになるよう心掛けています。ここでは、マーケティングで学んだ競合分析が役に立っています。また、広告業界は情報更新が早いので、短期間でコンテンツの内容をきちんと理解しなければならず、デザインアート思考®で学んだ論理的思考を振り返って、誰がターゲットでどの様な意図でこの企画ができたのかを検証しながら制作を進めています。この仕事を通じて、自分のデザインが新聞やWEBサイトで公開される経験をしてとてもやり甲斐を感じています。将来は、広告主に留まらず、常にクリエイティブの先にいるユーザーを意識できるデザイナーになりたいです。OCHABIは、デザイナーにデザイン以外の視点も必要だということを実感させてくれる学校だと思います。
坂本 みなみさん
2018年卒業
乗務社員
国際自動車株式会社
他人の個性を尊重しながら、自分の個性を主張することを学んだ。
高校時代の私
自分の好みを上手く話せなかった高校時代、周囲の意見に合わせてその場凌ぎで過ごしていた。
私は小学校で両親に伴われて茶道と書道の教室に通って以来、そのまま文化系として育ち、中学校では美術部に入りました。高校でも美術は続けていて、自分の絵をインターネット上で発表して評価されたのが、その後の価値観を変えるほどうれしかったのを覚えています。高校時代は、もともとの内気な性格からなかなか友達を作れず、周囲に言われるがまま、流されるがままにその場凌ぎで過ごしていました。高3の進路選択では、美術部だったこともあり、美術系の大学と専門学校とで迷っていました。実技と学科を勉強して大学に行くか、初心者でも通える専門学校に行くか決断を迫られたのですが、予備校に通ったりと、準備が多い大学は辞め、専門学校を選びました。その後、いくつかの専門学校を見学したのですが、両親の勧めもありプレゼンテーションを売りにしているOCHABIが最も将来の役に立ちそうだということで、OCHABIに入学を決めました。
OCHABIで学んだこと
世間知らずだった私、周囲に圧倒されながらも自分が好きなものを好きと言えるようになった。
自分の周りの世界とインターネット上の知識が全てだった私は、OCHABIに入学してまず先生方の知識量に圧倒されましたが、やがて産官学連携授業を通じて、実地から得る知識の大切さを実感するようになりました。高校までは気にしなかった〆切もチームワークだと守らなければならず、必死の想いで2年間を過ごし、気付けば物事の本質とか、デザインの意図だとかを考えるクセが付いていました。やがて最終学年になり、両親の期待と自分の希望を叶えるべく就職活動に挑んだのですが、面接で自己PRを繰り返す度に、デザインではない、自分が好きな物事とのギャップに気付き、自分の売り出し方がわからなくなり混乱しました。そのまま卒業間際まで内定は決まらず、キャリアデザインの先生に「実は車の運転が大好きで、車に関する接客業に興味があり、レンタカーのアルバイトもしている」と話したら、それならとタクシー業界を勧められ、初めは衝撃を受けましたが、自分が好きなものを好きだと言えることこそがOCHABIでの学びなんだと気付きました。
現在の私
ゼロからはじめてプロになる®。初心に戻って自分が本当にやりたい仕事を見つけることができた。
現在は、国際自動車株式会社で乗務社員をしています。つまりはタクシードライバーです。卒業後、実は半年間、不動産会社で事務職を務めながら、CI関連のデザインなどをして気持ちを整理していたのですが、やはり車が好きだという気持ちが強くて、改めて女性が働きやすいタクシー会社を調べてみたんです。その結果、新人教育に力を入れていて福利厚生もよく、営業所に女性専用の休憩エリアが常設されている今の会社を見つけることができました。その後、両親にもきちんと自分がやりたいことをプレゼンテーションできて、OCHABIで学んでよかったと改めて思いました。今は1日に30回程度、お客様を目的地までお送りしていますが、街の様子やお客様の話から実地でマーケティングをしているような感覚で楽しみながら働いています。デザイナーになる夢は変わりましたが、今は自分の決断に誇りを持っています。将来はバリキャリ風のお姉さんを目指しつつ、会社のジョブローテーション制度を利用して、営業企画部か総務部で、OCHABIで学んだプランニングを活かしたいと考えています。学生が望む進路を応援してくれるOCHABIの姿勢は素晴らしいと思います。
猪股 知明さん
2013年卒業
代表取締役社長/デザイナー
株式会社siwaza
開放的な雰囲気の中で、全ての物事に学びがあることを知った。
高校時代の私
ダンスパフォーマンスに明け暮れた高校時代、表現すること以外は自分の進路にも無関心だった。
高校時代の私は、バスケットボール部に所属していましたが、年功序列でスターティングメンバーになる道のりが遠く、その代わりにバスケットボールを使ったダンスパフォーマンスに熱中するようになりました。結局、部活動は1年と続かず、ダンスパフォーマンスを披露する場所を求めて高1でクラブ通いを始め、朝帰りが続いたことで両親に怒られてからは、高2でHipHopの影響を受けグラフィティーアートをやるようになりました。今振り返ると全ては「モテたい」の一心で始めたことですが、高3で恋人が出来てからは、ふたりで遊ぶのに忙しく、すっかり腑抜けていたばかりか、勉強もしてこなかったので、自分の進路にさえ無関心だったのを覚えています。OCHABIを進路に選んだのは、当時、唯一真面目に出席していた日本史の先生に呼び出され、美術に興味があるようだからOCHABIに行きなさいと言われ、OCHABIへの入学を決めました。
OCHABIで学んだこと
繰り返されるプレゼンテーションの中で、チームワークの可能性や組織作りの重要性に気付いた。
OCHABIに入学した当時は高校からの惰性もあり、ちゃらんぽらんで真面目な学生と言えず、自分のアイデンティティー代わりにバスケットボールを持って授業を受けていました。産学連携授業で本田技研工業株式会社のプロジェクトに取り組んだ時は、クライアントが大手すぎてリアリティーがなく、プレゼンテーションをサボっていたらリーダーに怒られたのを覚えています。しかし、チームで組織作りを体験し、デザイナーとしての動き方とディレクターとしての動き方の両方を知ったのは卒業後の「起業」の学びになっています。今思えば授業の最後に必ずクライアントにプレゼンテーションをしなければならないという前提条件がよかったです。場数を踏んでプレゼンテーションに慣れることができました。チームワークに目覚めたのは、官学連携授業で千代田区立四番町図書館のデザインを手掛けた時で、ブレインストーミングではメンバーの個性を活かしたアイディア出しができて楽しかったです。OCHABIでの学びがなければ今の自分はなかったと思います。
現在の私
OCHABIの実践的なクリエイティブの学びが、今、起業家として自分のスタイルに息づいている。
現在は起業して、株式会社siwazaというグラフィックやプロダクト、空間デザインなどジャンルにこだわらずにトータルで顧客の望むデザインをする会社を起ち上げ、その代表、兼デザイナーをしています。起業はOCHABIの在学中に決めたのですが、ちょうどデザインも個人作業からチームワークに移行していった頃で、チームを率いてビックメゾンの仕事を手掛けるデザイナーをロールモデルに行動しました。ただ、実務経験がなかったので、まずはメーカーを目指してバスケットボールを片手に就職活動をしたのですが、結局、店頭什器の設計事務所に落ち着きました。ここでは5年間、営業や取引先とのミーティング、経理や納品など様々な経験を積みました。起業後は想像ほど仕事が得られませんでしたが、それでも「タルトレットドウゼン」という亀有にある洋菓子店の内外装やショップツールを総合的にデザインすることができました。まだまだ社員も1名で事務所の家賃を支払うのが精一杯ですが、起業して自己責任のもと、自分のことを自分で決められるのは何事にも代え難く、心から楽しんでいます。このままOCHABIで感じた初心を忘れずがんばっていきたいです。
牛崎まどかさん
2018年卒業
デザイナー
株式会社Suikosha
デザインを志すのに素質や学んだ期間は関係ないことを実感した。
高校時代の私
キャラクターグッズに憧れた高校時代、美術経験がなくてもプロは目指せると思っていた。
高校時代の私は、バトミントン部に所属し、とても元気でそこそこ成績もよい学生でした。小中高と特に習い事をした訳でもないのにとにかく絵を描くことが好きで、お気に入りの少女漫画の中から好きなコマを選んでよく模写をしていたのを覚えています。思えば、幼い頃からキャラクターやアニメーションが好きで、スーパーマーケットに寄れば食玩コーナーに行き、デパートに行けばおもちゃ売り場に行くような子供でした。やがて高2の夏が来て、将来の職業を調べる際に、私はグラフィックデザイナーに興味を持ちましたが、美術を履修した経験がない私は、先生に無理だと言われました。それでも諦めず、高3の夏、バトミントン部を引退した後に自分で進路を調べましたが、美術大学は予備校に通わなければならず、学費を比較しても同じ4年制なら専門学校の方がよいと思うようになりました。OCHABIは、3年制と4年制を選べて、美術初心者でもデッサンをゼロから学べるのと、開放的な校舎でキャラクター系の進路実績もあったので進学を決めました。
OCHABIで学んだこと
チームワークで知る他人の価値観、多様性がコミュニケーションを活性化することに気付いた。
OCHABIのロジカルデッサンでは、「情報」といった形のないものをどう形にするのかを学びました。論理的に段階を踏んでいくのが覚えやすかったです。産官学連携授業も高校の社会科見学みたいで役に立ちました。ただ、高校では仲良しでチームを組むのに、OCHABIは毎回メンバーが入れ替わるので、メンバーがそれぞれどんな価値観で動くのか、何が得意で、仕事をどれくらい任せられるのかをコミュニケーションを取りながら把握しなければならいので、これにはとても悩まされました。それでも、株式会社資生堂のプロジェクトで大学生と競合した時は、大学生が1年かけて企画立案をするのに対し、私たちは3カ月でプレゼンテーションを行ったのでクライアントに驚かれたばかりか、企画の完成度もきちんと評価され、自分の仕事の速さと成長を実感できました。この授業では、自分とは違う考え方を受け入れ、多様性を知るのを面白いと思えるようになりました。またこの経験から、知らない場所に行ったり、知らない人の前に立っても物怖じしなくなりました。
現在の私
プロジェクトの進め方や無理のないスケジュールの組み方、OCHABIでの経験が活きている。
現在は、雑貨やファッショングッズを中心に、自社ブランドの他、有名キャラクターのOEM商品も手掛ける株式会社Suikoshaという会社でデザイナーをしています。入社1年目の私は、先輩のアシスタントとして、世界中で大人気のキャラクターのOEMグッズのデザイン案を描いたり、先輩がデザインした商品がイメージの通りきちんと製作されるように、工場への指示書を作成したりしています。OCHABIではクライアントへの論理的なプレゼンテーションやコミュニケーションの取り方、チームワークで必要なスケジュール管理のやり方を学びましたが、今、全てが生きています。高校時代、美術経験がない人間はデザイナーになれないと言われましたが、高校を卒業してからデザイナーの勉強を始めても充分間に合うし、いつクリエイティブを志しても遅くないと思います。将来は、私が幼い頃、玩具コーナーでわくわくしていたように、キャラクターグッズを買う全ての人に「こういうかわいいものがほしかった」と思ってもらえるデザインを手掛けていきたいです。
堀越 葵さん
2018年卒業
デザイナー
株式会社ムシカゴグラフィクス
何かに迷う事があっても、意見交換で道が拓けることを実感した。
高校時代の私
音楽以外は考えられなかった高校時代、ふと冷静になった時に将来の選択肢がないことに気付いた。
高校時代の私は、吹奏楽部で音楽の仕事に就くことを目指して日々練習に励んでいました。当時、音楽一辺倒だった私は、大学進学を考えていたのですが、高3で他校の学生の圧倒的な演奏力に触れ、冷や水を浴びせられたのを覚えています。さらに間がわるいことに先生が「プロには運と容姿の両方がないとなれない」と話しているのを聞いてしまって、初めて自分の将来に疑問を持ち、思うように楽器を吹くことが出来なくなってしまいました。その後、落ち着いて音楽大学の学費と就職先を調べ直したのですが、仮に入学できたとしても演奏家になれるのは一握りで、音楽の先生になれたとしてもうちの経済状況では借金ばかりが残ることがわかりました。進路変更も考えましたが、一般大学も学費が高く、学びたい分野もなかなか見つかりませんでした。そこでたまたまOCHABIの説明会に参加したことを思い出して「ゼロからはじめてプロになる®」って本当なのかな?本当だったら絵は少しだけ得意で好きな方だし、とにかく職に就きたいと思ってOCHABIを選びました。
OCHABIで学んだこと
「音楽」だけだった私、OCHABIに入学して、今度は「美術」だけでは仕事ができないことを知った。
OCHABIの授業は毎日めまぐるしく変わるのですが、授業ごとにいろいろな立場の企業人や起業家、フリーランスの先生の話が聞けて楽しかったです。ここではデザインにもいろいろな種類があることや、クリエイティブに関わる人の日常や生きる術、仕事の楽しみ方を知りました。産官学連携授業も同じで卒業までにたくさんのクライアントと意見交換をしましたが、その中でも特にデザイン職以外の社会人の話を聞くのは貴重な機会で、ここでは業種ごとのマーケティング手法やマナーを知ることができました。また、自分が「かわいい」と思うデザインをしても、クライアントが考える「売れる」デザインは違っていて、お互いにとって満足できるデザインをするには、自分のデザインの意図やそれを構成する要素の持つ意味を説明できなければならないことも学びました。OCHABIでは一般的な美術学校のイメージでは括れないほどのビジネススキルを学びました。
現在の私
実際の仕事は絵を描くばかりではない。OCHABIで学んだビジネスフローは日常でも役立っている。
現在は、書籍、コミック、雑誌、webなどのグラフィックデザインを扱う株式会社ムシカゴグラフィクスという会社でデザイナーをしています。私は、日ごとに変わる様々な案件に効率よく取り組むために、OCHABIの授業で決められた時間内にマーケティング資料や企画書を作成した経験を活かして、特にデザイン業務では、細部にこだわる前にまず全体を意識して、そこから細部を調整するようにしています。こうした仕事の進め方は、OCHABIで学んだ「まずは人に意図が伝わるものをつくる」という授業の延長線上だと感じています。また、出版社主催のパーティーがあった時の話ですが、新人としてスーツで参加するべきか迷ったものの、OCHABIのプレゼンテーションでドレスコードがあったことを思い出し、パーティーの主旨に合ったものであればワンピースでも大丈夫、と判断できたのも学生時代の経験のおかげだと思います。OCHABIは、今何をしたいか迷っている学生にはとてもよい学校だと思います。いろいろ学んだ上で、就職や起業、フリーランスを選べるので、卒業後に同級生で集まる時もいろいろな人がいて楽しいです。私はOCHABIに入ってよかったと思います。
濱野 侑奈さん
2017年卒業
制作進行管理
アロワナ株式会社
ビジネスフローを構築するのに論理的に考える習慣が役立っている。
高校時代の私
吹奏楽部に熱中していた私、イラストコンテストでやりたい事と向いている事の違いに気付いた。
小学校からマーチングバンドに入っていた私は、ごく自然な事として吹奏楽部が有名な高校を選んで進学しました。とても熱心な高校で朝練は06:45きっかりに始まり、夜練というのもあって、遅い時だと22:00まで練習していたと思います。学校行事への遅刻もカウントされていて、部活動の全体集合の時に下級生から手を挙げて「遅刻をして大変申し訳ありませんでした!」と謝罪しなければいけなくて、毎日、冷や汗も含めて汗をダラダラかいていました。それでも私は3年間部活動に没頭し、私たちの世代は全国も含めて主要な大会で全て金賞を取りました。今の進路を意識するようになったのは、2年生の時に吹奏楽部の選抜チームに落選した時期でした。ちょうど同時期に部活内でイラストコンテストがあって、1位を取れてしまったんです。3年間毎日練習をしても選ばれない事もあれば、美術の授業を履修していなくても無意識に描いて選ばれてしまうこともある。それに気付いた私は、自分に向いている事でチームに貢献しようと思いOCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
感覚だけではクリエイティブは出来ない、自分の実感を論理的に説明する必要性を学んだ。
OCHABIで最も印象に残っているのは産官学連携授業でサンシャインシティの「40周年に向けて、あなたが遊び尽くせるサンシャインシティになるには」という出題にチームで取り組んだ時の事です。最初はクライアント受けしそうなアイディアに理由を付けるためのマーケティングをして、当たり障りのない無難な企画を立てていたのですが、なんだかみんな「やらされている感」が強すぎて行き詰ってしまいました。その時、メンバーのひとりが「素直に自分たちがやりたいことをやればいいんじゃない?」と指摘してくれて、私たちは改めて「自分たち」がターゲットだった事を思い出して、プレゼンテーションでは自分たち自身が本当に実現したい「イケメンキラキラアイドル」を提案しました。その結果、自然とマーケティングも充実して説得力のある企画を提案することが出来ました。他にも「アドバタイジング」という授業では、毎回、自分だけでは考えもしなかった事とか、日常に在るけれど見ていなかった事に気付く事が出来て、他人から意見を引き出す事や、自分の意見を論理的に説明して共感を得ることがいかに大切なのかを学ぶ事が出来ました。
現在の私
プロジェクトの進め方やコミュニケーションの交し方、チームワークでの経験が活きている。
現在は、アロワナという会社でアバターゲームのデザインにおける品質や進行管理の仕事をしています。学生時代にデザイナーのアルバイトをしていて、その時に、ただデザインを起こすだけでは視野が狭くなると思い、将来はデザインをチェックするディレクターを目指した方がもっと広い範囲でクリエイティブに関わる仕事が出来るようになるのではないかと考えていたのです。実際に今の仕事ではその性質上、物理的にもデザイナーを越えるクリエイティブを見ることが出来ます。また、実際に仕事をしていて思うのが、全てのデザイナーが必ずしもコミュニケーション能力が高いわけではないということです。彼等に関係部署からの意見を伝える時は、何度メールを送っても文章では伝わらないので、何をどう変えてほしいのかを簡潔にまとめた画像を用意するようにしています。伝えるためのデッサンも含め、OCHABIでの学びは本当に役に立っています。
小谷 友唯夏さん
東京営業課
株式会社エスケイジャパン
就職前に社会経験をする事で、理想とする社会人像が明確になった。
高校時代の私
キャラクターデザインに興味があった私、実際に企業と関われる開放的な環境に憧れを抱いた。
高校の頃の私は、そこまで美術に興味があるわけでもなく、ごく普通の高校生として下手くそながらもバトミントン部で青春をしていました。ただ、絵を描く事自体は子供の頃から好きで、体育祭や文化祭では自分のクラスのテーマカラーに合わせたキャラクターを選んでTシャツにデザインして、クラスメイト全員に着てもらったのを覚えています。そんな時、高校で開催された進路説明会でOCHABIの先生が、サンリオに入社した先輩やキャラクターデザインの具体的な話をしてくれたんです。その後、実際にOCHABIに見学に行ったのですが、授業が企業との連携中心だからか、どこか開放的で明るい印象を受けました。他校もいくつか見学したのですが、OCHABIのように企業と連携している学校は一切なくどこか閉鎖的でした。また「御茶ノ水」自体もオシャレで学生の多い活気のある街だったので、ここにも憧れを感じてOCHABIに行く事に決めました。
OCHABIで学んだこと
クライアントと接触を通じて社会人の仕事の進め方や、かっこいい大人の在り方を知った。
企業とコラボするというか実際にここまで企業と連携している授業は珍しいと思います。資生堂の出題に取り組んだ時の事ですが、何しろ本社が大き過ぎて、インタビュー前にうわーって恐縮したのを覚えています。それでも名刺交換をして、その後、徹夜しながら送った質問リストのメールの返信には「遅くまでがんばっているんですね」という一言が添えられていて、すごくうれしかったのを覚えています。かっこいい大人の在り方を実感しました。実際に社会人と働くというか、接する機会があるのは、社会人の事前準備としてとても大きな意味があると思います。社会人がどんな風に働いているのかを学生の間に知る事が出来てよかったです。他にも、1年生の時に取り組んだサンシャインシティの出題も印象的でした。私のチームは企画をまとめるのが遅くプレゼンテーションの本番3日前なのにラフデザイン段階で、雰囲気もお通夜みたいで本当に苦労しました。結局、仕切り直して、今日まで4カ月分の全てのアイディアを振り返り、アドレナリン全開で、ほぼ3日貫徹で企画を仕上げました。自分の意見をはっきり言えるようになったのもこの授業のおかげです。
現在の私
OCHABIの授業が社会で働くための事前準備だった事実を、社会人になって改めて実感する。
現在は、大雑把に言えば、店舗販売を中心としたキャラクターの物販とゲームセンターを中心としたクレーンゲーム機に入れるキャラクターを扱う2部門があるキャラクタービジネスの会社に勤めています。私はデザイナー入社ですが、デザインをするためには顧客の声を知る事が必要だという事で、クレーンゲーム機部門の営業に配属されています。初めは緊張しましたが今はすごく楽しんでいます。OCHABI時代から企業との接触経験があるので、自分の営業担当するエリアの会社や店舗が決まってもすぐに実行出来ました。仕事がリサーチやインタビューから始まるのも学生の頃と何ら変わりません。もちろん営業だけではなくデザイン案も出すことができます。例えば、ラスカルのコップをデザインしようという事になったらすぐにラフデザインを起こせます。私は将来、自分自身でデザインしたキャラクターを世に出したいという夢があるのですが、今の会社はその夢を叶えるのに必要な学びが多くあります。自分のやりたい事が出来る会社に入れて本当によかったです。
長坂 優さん
2017年卒業
ディレクター
株式会社デジタルガレージ
様々な業種のマーケティングを知る事が出来るのは学生だけの特権。
高校時代の私
プロダクトデザインで社会経験を積んだ高校3年間、大学で4年間の座学は長過ぎると思った。
高校時代は、普通の勉強が嫌いで消去法的に美術の授業を選んでいました。それでも自分の父親がショップやデパートの什器のプロダクトデザインをしていた事もあって、高校1年生の時から父親の仕事の繁忙期で人手が足りない時は手伝いをしていました。こうした経緯の中で、消去法で選んだはずの美術分野に対して「やっぱりモノ作りは楽しいのではないか」と思うようになり、父親の仕事を手伝いながら、モノ作りや絵を描くといったクリエイティブが、どういう考えのもとで、どう売ればお金になり、損をしないためには原価計算も出来る必要がある事を覚えました。そして、いつしかデザインの仕事を手伝いながら、どういう付加価値を付ければ顧客が気持ち良く買ってくれるのか、どうすれば顧客が思ってもみなかったデザインを生み出せるのかを考えるようになりました。そうして高校3年生になって進学の話になった時に、既に社会経験をしていた自分には大学の4年間は長いように思え、専門学校に進学する事に決めました。OCHABIにしたのは、3年制という長過ぎず、短過ぎない学習期間と、実際に企業にプレゼンテーション出来る事が決め手でした。
OCHABIで学んだこと
企業の数だけマーケティングのやり方がある。OCHABIはそのやり方を覗ける絶好の場所だった。
OCHABIの産官学連携授業が大学の広告勉強会と違うのは、3カ月以内の短いスパンで課題発見から課題解決の過程に取り組むことです。まず、企業に自分たちでヒアリングをしに行って、企業は顧客の抱えている問題点をどう捉えているのかマーケット・インサイトを聞きに行きます。次に、自分たちでもマーケティングをして、企業の課題設定は本当に正しいのか、他の問題点も関係していないか、だとしたらどういう解決方法があるのかを考えます。こうして考え抜いた企画をどういうアウトプットで表現したら伝わるのかを試行錯誤して、最後にはギャラリー形式で立体的に連動した展示会を創り込んでいきます。実際の商品デザインの模型やキャンペーンやプロモーション案、CMやPVなんかも制作するので、企業側は学生の企画が可視化されていてわかりやすいと喜んでくれました。企業相手にプレゼンテーションするチャンスは、社会に出たらなかなかもらえません。今振り返ればOCHABIの環境は、学生の可能性を無限に広げるのに最適な場所だったと思います。
現在の私
ユーザーの消費行動を分析し、ステークホルダー全体の利益を上げる設計が出来るようになった。
現在は、デジタルガレージという会社でモールプラットフォーム事業に関わっています。ポイントモールと言って、大型ショッピングモールのようなイメージで日本中のクレジットカード会社を集めて、そのポイントが有利に運用されるよう土台となるWEBサイトを設計、構築、供給しています。これは提携しているプロバイダーも、そこで商品を通販する企業も、決済手段を提供するクレジットカード会社も、全てのステークホルダー(利害関係者)に利益が出るビジネスモデルにしなければいけません。ユーザーがどのショップを訪れ、どこを移動し、どういう導線を巡って商品の購入に至るのか、様々な数字を検証しながらユーザーの消費行動を分析して、多くのポイントを持つユーザーほどメリットがあるように設計します。ここでは、OCHABIで学んだ「顧客の接触点としてのUI」や「顧客に提供する体験としてのUX」はこんなところでも役に立っています
木村 仁哉さん
2017年卒業
アニメーション背景美術
株式会社アトリエローク07
自分からコミュニケーションを取る事で仕事の全体像を把握出来る。
高校時代の私
部活一筋だった自分、引退してラクガキ程度で始めたイラストは誰の共感も得られなかった。
高校への進学は弓道部があるかどうかで決めました。なので高校2年生までは部活一筋だったのですが、3年生になって引退すると途端に高校生活がつまらなくなって、ノートの端っこにラクガキ程度の絵を描き始めたのが美術への興味のきっかけです。その内、デザインやイラストの仕事がしたいと思うようなったのですが、そもそも美術部じゃないし、選択科目も書道だったので、まずは弓道部の顧問の先生に相談したら「そんなのおまえに出来るわけがない」と言われてしまいました。そこで、美術系の先生たちにも相談したのですが「そう甘くはない」というような事ばかり言われて、自分で何とかするしかないと思いました。専門学校なら初心者でも入学出来ると思って、いくつかの学校の体験授業を受けたのですが、だいたい線画を渡されて「色を塗ってみて」と言われる事が多く、何の希望も得られませんでした。そんな中、OCHABIの体験授業ではデッサンの基本をきちんと教えてくれたので、ここならゼロから始められるという希望を持って進学先に選びました。
OCHABIで学んだこと
命を燃やした4年間、気が付いたらアイディア出しの前にリサーチをする癖が付いていた。
高度専門士課程だったので4年間通いました。OCHABIは産官学連携授業を中心に授業編成されているので、企業からの出題に取り組まなければならず、まずは出題内容のリサーチをしてから、課題解決のアイディアを考え、そこからデザインをして、実際に企業相手にプレゼンテーションをしなければなりませんでした。こういう一連のクリエイティブの流れは、当時は「面倒くさい」と思っていましたが、今となっては何をするにも感覚だけに頼らず、まずは関連情報をリサーチしてから、アイディアを考えるという癖がついたのでよかったと思います。チームワークは特に大変でした。自分のアイディアが独り善がりではないのか、そのアイディアをメンバーに形にしてもらう理由を的確に説明できるのかなど、常に考えながら発言していました。この頃には学外からの仕事も受けるようになっていて、スケジュールを上手く調整出来ずにメンバーとの人間関係に摩擦が起きたりもしていました。振り返れば内容が濃い4年間で命を燃やした感じがあります。ただ、そういった経験を通じて、仕事の全体像を見て、全てをきちんとこなせるようにペース配分をしたり、モチベーションを絶やさないようにしたりとか、今の仕事へ取り組む姿勢のモデルが出来上がっていったんだと思います。
現在の私
全体像を把握するには意思疎通が必要。OCHABIで身に付けたコミュニケーション能力が活きている。
現在は、アトリエローク07というアニメーション美術、背景、制作などのデザインをする会社で背景美術をしています。自分が子供の頃から親しんできた有名な作品に携わる機会をいただけたり、新しい劇場作品にも携わる機会をいただいたりしています。仕事は、基本的にはフォトショップとペンタブでの作業ですが、みんなで協力して作品を創り上げようという姿勢が強い会社で、クライアントと美術監督が全体像を共有してから、それぞれの職種に「ここはこの色で頼む」といったように依頼がくるのですが、例え末端とは言え全体像をきちんと見て仕事しないと、〆切を逃して放送が1週間落ちたりして会社全体に迷惑を掛けます。コミュニケーション能力は仕事では必須です。不明な点はすぐに確認して情報共有を欠かさないようにしています。
佐々木 翠さん
2017年卒業
グラフィックデザイナー
株式会社NAKED
社会で求められるデザインと自分の好きなデザインの違いを学んだ。
高校時代の私
座学には何の興味も持てなかった私、実際に行動を起こして意味がある事をしたいと思っていた。
私は小学校の時から何にも興味を持てなくて、卒業文集の内容でさえ浮ばない程でした。ただ、その時から自分が本当に好きな事が何かを考えるようになって、絵を描いたり、物を創ったりするのが好きな自分にも気付き、キャラクターや服にも興味を持つようになりました。高校の時は、大学へ進学して座学をするよりは意味のある事がしたかったので、職人に弟子入りしてプロになろうかと本気で考えていました。デザイナーになろうと思ったのはOCHABIに入学してからで、結局、高校時代は好きな事でどうごはんを食べていくかをずっと考え続けていました。そして、プロになるならちゃんと勉強をした方がよいし、実践的な方が自分には合っていると思って進路を専門学校に決めました。いくつかの学校を見学してOCHABIを選んだのは、在学生の顔つきが他校と違っていたからです。なんか今にも死にそうな表情で、魂捧げて自分たちの企画に一球入魂しているんだなと思ったのを覚えています。後に自分もそうなりますが、あの時の決断に後悔はありません。
OCHABIで学んだこと
チームメンバーとの率直な意見交換が、革新的なアイディアを生み出す事に繋がる事がわかった。
OCHABIの授業は産官学連携授業やそうでない授業でも全体的にチームワークで取り組む事が多く、個性的な学生が多い美術系の学校では、小さな意思一致でさえとても苦労しました。しかしその反面、メンバーとの意見交換で思いもよらなかったアイディアが思い浮かぶ事もわかりました。自分に素直になって意見を言えるようになったのも、成果発表の後にチームの仲間が泣きながら悔しがっているのを見てカッコイイと思ったからです。また産官学連携授業とは関係なくグループワークをする授業もあるのですが、ここで制作したアウトプットは産官学連携でも活かしたいと思えるもので、授業同士が繋がっているのを感じたのを覚えています。OCHABIでは全ての授業が連動していて、クリエイティブを身に着けられるようになっていたんだと思います。それに3年制の専門学校は私に適切だったと思います。同期の4年制大学の友人は時間を持て余していたし、2年生専門学校の友人は授業内容を詰め込み過ぎてインターンに行けていませんでした。その点、私はインターンに行ける余裕もあったし、就職活動や卒業制作展にも集中して取り組む事が出来てよかったと思います。
現在の私
自分が好きなデザインと顧客が求めるデザインは違う。社会に出て実感するOCHABIでの学び。
現在は、NAKEDというプロジェクションマッピングで知られている会社のデザインチームで働いています。普段はポスターやフライヤーといったグラフィックデザインをする仕事が多く、自社で開催しているオリジナルイベントの物販のパッケージをデザインしたりもします。先日、初めて日本酒のロゴデザインに取り組みましたが、OCHABIで自分の好きなデザインと顧客に求められ利益を生むデザインは違う事を学んでいたので、ディレクターとしてサポートしてくれている先輩と相談しつつ試行錯誤しながら進めました。先輩からはクライアントがどういう風に自分のブランドを顧客に見てほしいのかも含めてデザインをしなければいけないというアドバイスをもらいました。そしてこの仕事を通じて、クライアントが求める日時と場所にクライアントが求めるクリエイティブをきちんと提供するという社会人としての責任を強く実感しました。現在はその責任を感じながらも厳しく充実した日々を送っています。
福田 祐紀子さん
2017年卒業
デザイナー
株式会社日本食糧新聞社
アイディアに正解はない。どんな意見でも耳を傾ける姿勢が付いた。
高校時代の私
真面目で成績もよく大学進学を勧められていた私、美術専門学校への進学は反対されていた。
高校時代の私は、授業も部活動も休まず、制服のスカートも短くせずに、日常的に勉強に励むような真面目で大人しい学生でした。それでも、将来は自分で描いた絵で仕事がしたいと頭の片隅くらいでは考えていて、選択科目も美術を履修するようにしていました。文化祭では、美術の先生に何度も相談しながらポスターをデザインして、高校で正式に採用されたりもしました。進学先に美術専門学校を志望した時は、そもそも私の成績がまあまあよかった事もあって、母親は応援してくれたのですが、父親と進路の先生には大学へ行けと反対されていました。それでも「絶対にやりたい」と説得を繰り返していたら、最後には「そのくらいの情熱があるなら大丈夫だ」と応援してくれました。OCHABIを知ったのは、改めて進路の先生にお勧めの美術専門学校を聞いた時で、「あそこなら産学連携をしていて、実際に企業との接触があり、社会人に自分のデザインを見てもらう機会もある」と聞いて、早速、学校説明会と体験授業に参加して、それが本当だと確かめてから決めました。
OCHABIで学んだこと
クリエイティブに正解はない。さり気ないひと言にも耳を傾け可能性を広げる姿勢を学んだ。
産官学連携授業ではチームワークの可能性を実感しました。高校までは自分の主観だけで制作をしていたのですが、チームとなるとみんなでひとつのクリエイティブをしなければならないので、メンバーの意見に耳を傾ける必要が出てきます。実際にディスカッションで自分が見落としていた事に気が付く場面も多くありました。クリエイティブには正解はなくて、実は全てが正解だという事に気付いたのもOCHABIでの大切な学びのひとつです。ひとりひとりで意見が違うのが普通で、さり気ないひと言でも、それがきっかけでアイディアが飛躍的によく変わるのも、とても魅力的だと感じました。だから、発想の広げ方はチームワークで学びました。千代田区役所の「外国人観光客も視野に入れた路上喫煙禁止のプロモーション提案とは」という出題に取り組んだ時は、喫煙経験がなくて悩みましたが、それでも桜をモチーフにした「世界一美しい喫煙所」という企画で最優秀賞をいただきました。これも千代田区のウオーキング大会にみんなで参加して、思い切って喫煙者のサラリーマンに相談してみたら「電話ボックスくらいの喫煙所を作ればいい」と言われたのがきっかけでした。
現在の私
上司との相談を欠かさない、OCHABIで学んだビジュアル・コミュニケーションが活きている。
現在は、日本食料新聞社の出版部付きのデザイナーとして、小説などの書籍の表紙のデザインをしたり、解説書の図説などのイラストレーションを描いたりしています。新しいデザインを起こす時は、必ず紙にペンでさっと下書きをして、上司に「こういうのはどうでしょうか」とデザインやレイアウトのミニプレゼンをしに行きます。ちょうど今「oh!仕事シリーズ」という書籍の制作をしていて、100業種のイラストレーションを合計400枚描かなければならないのですが、上司と相談しながらようやく300枚まで辿り着けました。上司に「アイディアの幅が広いね」と言われた時には、OCHABIの授業で学んだ発想の広げ方が活きていると実感しました。やっぱりチームワークを通じて、自分の意見だけでなく、他人の意見もたくさん聞く事で、人の身になって考える習慣が付いたのだと思います。今は本当に自分に合ったよい会社に入れたなと思っています。
平田 美伶さん
2017年卒業
営業
株式会社宏和デザイン
実際の仕事の場面でも、プレゼンテーションでの場数は応用出来る。
高校時代の私
ラクガキばかりしていた私、美術専門学校に進路を決めたのは学力テストがなく就職率が高いから。
高校の頃の私は、目標を持ってがんばるといったような事に向いているタイプではなく、授業中もラクガキばかりしていてマジメに受けていませんでした。なので、卒業後の進路も受験勉強をしなければ入学出来ない大学よりは、やりたい事さえあれば入学出来る専門学校がいいかな程度でしか考えていませんでした。美術専門学校を志望したのも、幼少期から10年以上、工作もしている絵画教室でデッサンを学んでいたからで、最後の方では油絵もかじっていたので、私が唯一、人より得意な事は絵を描く事ぐらいだという感覚でいました。それでも高校ではクラスTシャツのデザインとかもやり、選択科目の美術は比較的マジメに受けていました。ちょうど私の母親も就職率を気にするタイプだったので、美術大学に行くなら、逆に美術専門学校の方がいいんじゃないかと賛成してくれました。OCHABIを知ったのは高校に置かれていたパンフレットからで、ちょうど進路の先生からの推薦もあって、もともと専門学校の情報に疎かった私は、それでOCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
効果的なプレゼンテーションをするためのディレクション能力を産官学連携授業で身に付けた。
OCHABIでは効果的なプレゼンテーションのやり方を学びました。特に産官学連携授業では年に4回、例えば高校の定期テストや期末テストみたいな周期でプレゼンテーションをするのが当たり前で、チームワークでひとつのクリエイティブを仕上げて、しかも、社会人に評価されたりする経験がない私は、この特殊な環境に戸惑う事もありましたが、最終的にはよい経験もわるい経験も含めて全て就職活動で活かす事が出来ました。実際のチームワークでは、制作は得意だけれどしゃべるのはあまり得意ではないというメンバーも多かったので、しゃべる事に抵抗がない私は、自然と本番でプレゼンターを任される事が多く、プレゼンテーションの構成や話し方、仕事を期日に間に合うようにメンバーに振り分けるディレクション能力は人より多く学んだと思っています。就職活動でも企業へのプレゼンテーションの話ばかりしていました。OCHABIはクリエイティブなら何でもやらせてくれる学校で「これを創りたい」と先生に相談するといつでも協力してくれました。
現在の私
プレゼンテーション能力は就職活動だけでなく、実際に仕事や営業でも活かせる事を実感する。
現在は、宏和デザインという会社で営業をしています。クライアントとなる業種は多種多様ですが、私は主に医療系を担当していますが、婚礼や店頭のPOP制作などをする事もあり幅広くやっています。この仕事をして気が付くのが、クライアントから相談がある時は、必ずと言ってよいほど、商品のデザインを変えたいとか、商品の売り上げが延びない、ユーザーが興味を示さないといったような問題を抱えています。そういう時は、クライアントの話をよくヒアリングして、そこで得た気付きからどういう状態がクライアントにとって最も理想的な状態なのかを描き、ビジョンを共有してから、デザインコンセプトを絞っていきます。こういった仕事の流れは既にOCHABIで実践していた事なので、割と初めからスムーズに出来ました。もちろん依頼内容が漠然としていて、戸惑う事もありますが、そういう時はこちらから提案をしながら具体的にしていくようにしています。これもOCHABIで学んだ事で、ほぼ産官学連携授業の延長線みたいな気持ちで挑んでいます。
大久保 夏海さん
2016年卒業
WEBディレクター
株式会社アイ・エム・ジェイ
OCHABIで学んだことは、どんな相手との仕事でも通用する。
高校時代の私
イラストを描くような仕事に憧れていたあの頃、OCHABIに出会った。
小さい頃からとにかく絵を描くのが好きだった私は、イラストやキャラクターを描くような仕事に自然と憧れを持つようになっていました。だからいざ進路を決めるとなった時は、当然、美術系の学校に絞って探しました。OCHABIを知ったきっかけは学校説明会です。高校にOCHABIの先生がいらっしゃった際にパンフレットを見せてもらったのですが、他の学校だと趣味レベルの作品ばかりという印象が、OCHABIではちゃんと考えて作られていたました。しかもいろいろなジャンルのことが学べ、授業やカリキュラムがしっかりしている。これは体験授業でも感じたのですが、美術の基礎知識がない私でも、ゼロから教えてもらえるという点に惹かれてOCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
ここには、未来の可能性を広げ、自分の才能を気付かせてくれる土壌がある。
企業のリアルな課題に向き合うコミュニケーションの授業は本当に有意義でした。忘れられないのは、日本コカ・コーラの課題に取り組んだ時です。リーダーとしてチームに参加したので、立場的にも難しい部分があるにも関わらず企画まで先生にダメ出しされて、とても辛かったのを覚えています。結果的には、自分のチームの提案が最優秀賞を受賞しましたが、企画が決まるまでのマーケティング、特にインサイトの部分が1番大変でした。わからなければ調べる、なければ作る、考えの根拠となる数字を提示するなど、今の自分の軸はこの過程で鍛えられました。また、OCHABIには自分の才能を気づかせてくれる土壌があると思います。何でもやろうと思えばできるし、視野や可能性がグンと広がる学校です。デザイン力など目に見えるスキルだけではなく、全体を見渡せる視点を持つ大切さが、社会人になった今はよくわかります。OCHABIの授業は、小学校から始めても良いと思うくらい価値のあるものです。
現在の私
1年目から世界有数のコンサル会社と仕事することに。OCHABIでの経験がいきている。
今は、IMJというデジタルマーケティングの会社で、WEBディレクターとして働いています。ソーシャルメディアの運用やWEBサイトの制作などが主な業務です。私が担当しているのは自動車メーカー。もともと全く知らない世界だっただけに、毎日が新鮮で充実しています。わからないことを調べたり、ターゲットを分析したり、戦略を立てたり、各種SNSを使い分けて発信したり……。今の仕事はすごく自分にフィットしていると思います。課題解決の基本的な流れや、絵にして説明するスキル、PhotoshopやIllustratorの技術など、OCHABIで学んだことが本当に役立っていると思います。今の職場では、2016年にグループ入りしたアクセンチュア インタラクティブと一緒に仕事をする機会もあります。その高い視点や、数字への意識などはとても勉強になります。今後はプロジェクトを回せるプロデューサー的な仕事も学んでいきたいと考えています。
座間 麻実さん
2016年卒業
フォトスタジオ・コーディネーター
株式会社エルグラフィ
企業の課題にチームで取り組みながら、自分の居場所を見つけた。
高校時代の私
在学中に、あの有名企業と「仕事」できる。それが、OCHABIのメリット。
OCHABIでの学校生活は楽しかったです。私のまわりには意識が高くて向上心のある人が多く、自分が背中を押されることもありました。1番印象に残っているのはコミュニケーションの授業です。アルバイトをしていたこともあり、眠れない日もあるくらい大変でした。特に、自分1人ではなくチームワークで、それぞれの役割に責任があったりするので。その苦労が報われたのか、「からだすこやか茶Wを若者にアピールする」という日本コカ・コーラの課題では最優秀賞を受賞しました。みんなで「甘い物を食べた後の罪悪感をなくそう」みたいな企画を考えて、私は広告のメインビジュアルとなる写真を撮影しました。とにかく、マーケティングとプランニングに時間がかかったのを覚えています。誰もが知っている有名企業の課題に関わって、直接プレゼンテーションできる。これはすごいことだと思います。
OCHABIで学んだこと
在学中に、あの有名企業と「仕事」できる。それが、OCHABIのメリット。
OCHABIでの学校生活は楽しかったです。私のまわりには意識が高くて向上心のある人が多く、自分が背中を押されることもありました。1番印象に残っているのはコミュニケーションの授業です。アルバイトをしていたこともあり、眠れない日もあるくらい大変でした。特に、自分1人ではなくチームワークで、それぞれの役割に責任があったりするので。その苦労が報われたのか、「からだすこやか茶Wを若者にアピールする」という日本コカ・コーラの課題では最優秀賞を受賞しました。みんなで「甘い物を食べた後の罪悪感をなくそう」みたいな企画を考えて、私は広告のメインビジュアルとなる写真を撮影しました。とにかく、マーケティングとプランニングに時間がかかったのを覚えています。誰もが知っている有名企業の課題に関わって、直接プレゼンテーションできる。これはすごいことだと思います。
現在の私
今の仕事は、OCHABIの授業でやっていたことの延長戦上にある。
OCHABIで写真を学び、将来はカメラや写真に関わる仕事に就きたいと思っていた私は、在学中も、フォトスタジオでアルバイトしていました。卒業後は、現場での経験を買われたのか、社長に誘われて、そのフォトスタジオに就職しました。カメラマンではないのですが、コーディネーターとして、1年目から、着付け、ヘアセット、お客様との折衝、撮影プランニング、デザイン・編集作業の他、子供を笑わせたりなど、いろいろなことを任せてもらっています。お客様ごとに撮影のプランニングやコーディネートを行ったり、デザイン・編集作業をやったりと、OCHABIの授業でやっていたことがそのまま役に立っていると思います。はっきり言えるのは、OCHABIのコミュニケーションの授業は慣れないうちは辛いですが、その経験は社会人になった時の強みとなるのは間違いないということです。OCHABI卒業生の私は、今それを強く実感しています。
小川 輝美さん
2016年卒業
WEBデザイナー
株式会社アイデアルネット
さまざまな仕事に対応する上で、マーケティング的な目線は不可欠。
高校時代の私
パソコンでゲーム作りをしたりと、もともとクリエイティブなことに興味があった。
高校生の頃、パソコンでノベルゲームを制作したことがあり、その時に初めてプログラミングに触れてウェブの面白さを知りました。もともと絵を描くことやクリエイティブなことにすごく興味があったので、高校卒業後はそういったことを勉強できる学校に進学したいと思っていました。そんな時に進路の先生から紹介されて、OCHABIの存在を知りました。もちろん他の学校も見に行きましたが、実際にOCHABIに体験入学をしてみて、先生の教え方がすごく良く、グループ制作にも興味があったのでOCHABIを選びました。
OCHABIで学んだこと
他の学校にはない環境。マーケティングの基本を実践で学んだ。
実際に企業からリアルな課題が出され、実践で学ぶ授業は、他の学校にはないと思います。企業のブランドやターゲットに合わせて、調査・分析し、そこからデザインが導き出されていくという過程を学べたことは大変役に立ちました。他の学校だと、そこをすっ飛ばして、いきなり制作に入ることが多いと思います。在学中、コンビというメーカーの「親子が楽しめる食育」という課題に取り組んだのですが、甥っ子のいる兄夫婦にリサーチしたり、親の目線で子供のことを考えたりしたことが、アウトプットの大きなヒントになりました。グループ内での私の役割はウェブ制作やその他のサポートでした。調査や分析を行った上で企画に入るプロセスはとても辛いのですが、誰かに説明する時や意見を言う時に説得力が出ますし、制作物の完成度も高まると思います。
現在の私
1年目から1人で仕事を任されるように。多彩なクライアントに対応しながら奮闘中。
卒業後は、高校時代から興味のあったウェブの道に進みました。今、OCHABI出身の先輩がいるデザイン事務所でウェブデザイナーとして働いています。さまざまな案件を1人で任されるようになって、クライアントとの折衝、デザイン、サイトの構築まで幅広くやっています。本当に様々な業種のクライアントがいるので対応するのが大変ですが、それがやり甲斐にもなっています。例えば、クライアントに合わせてデザインをラグジュアリーにしたり、シンプルにしたり……。OCHABIの授業でマーケティングの基礎を学んでいなければ対応するのは難しかったかもしれません。時にはクライアントから無茶なお願いをされることもありますが、OCHABIの実践の授業で鍛えられているので何とか対応できています。でも私はまだまだ未熟なので、これからどんどんスキルアップしていきたいです。OCHABIは社会人としての基礎や土台を築く場であり、さまざまな道を切り拓いてくれる場でもあると思います。
大沼 里奈さん
2016年卒業
WEBデザイナー・プロデューサー
株式会社momomo
デザイナーとカフェ事業主。ハイブリッドに働く私の原点は、OCHABI
高校時代の私
卒業後の進路に揺れていた私。OCHABIの先生との出会いに大きな影響を受けた。
私は福祉系の高校に通っていて、もともと幼稚園の先生になるという人生のロードマップがありました。でも、絵やイラストやデザインにもすごく興味があったので、卒業後の進路に迷っていました。そんな時、高校にやってきたOCHABIの先生から「デザインの進路なら、幼稚園の子にイラストを教えたりもできるし、何にでもなれるよ」という言葉をいただきました。自分の可能性が広がり、将来の選択肢も増える方が、好奇心旺盛な私には合っていたので、先生との出会いはすごく大きかったと思います。デザイン系の学校はいくつか検討しましたが、OCHABIの体験授業の自由な雰囲気が良いと思って決めました。
OCHABIで学んだこと
OCHABIには、実践の学びと「できないことはない精神」があった。
他の学校だと1つのことだけに取り組むケースが多いと思いますが、OCHABIはその人次第で何にでも挑戦できる学校だと思います。目の前の課題と向き合う時も、自分の将来を考える時も、縛り付けません。何かあった時は先生が相談にのってくれます。そして、何といっても、OCHABIの一番の魅力は、産官学連携によるコミュニケーションの授業です。その中でも、日光市の「日光に若者を呼ぶ」という課題が印象に残っています。現地での調査、グループワークの難しさ、プランニングの大変さ、クライアントへのプレゼンテーションなど身をもって経験しました。慣れない企画立案に苦しみ、学校を辞めたくなった時期もありましたが、そこで鍛えられたからこそ、精神的にタフになったと思います。
現在の私
好きなことも、やりたいことも、自ら積極的に動いて実現していく。
現在は、WEBサイトや絵本などを制作する会社で、WEBデザイナー兼プロデューサーとして働いています。今の会社がやっている絵本の事業にどうしても関わりたくて自分からアプローチし、新卒募集していなかったにも関わらず採用していただきました。絵本事業をはじめ、クライアントに定期的に贈り物をするお団子プロジェクトや、各種企業やタレントのWEBサイト制作など、さまざまな仕事に関わっています。社長との距離も近く、若手であってもやりたいことをすぐに言える環境で、最近では自ら提案して新しい事業を立ち上げるなど、充実の日々を送っています。あと、会社とは別に、OCHABI時代の友達と「ひよりカフェ」という年に4回だけオープンするカフェも運営しています。季節ごとの1日限定カフェということもあり、出店する場所を毎回変えていて、さまざまな企画も催しています。WEBサイト制作、メニュー開発、宣伝、売上管理など、全部自分たちでやっています。会社との両立は大変な時もありますが、楽しいから苦になりません。
荒井 沙紀さん
2016年卒業
グラフィックデザイナー
株式会社翠光舎
この授業はどう役に立つのか。それを社会人になってから強く実感する。
高校時代の私
中学生の時から、漠然とデザイナーになりたいと思っていた。
私はもともと絵を描くのが好きで、小学生の頃には賞をもらったこともあります。中学生になった時には漠然とデザイナーになりたいと思っていました。高校生になり、進路を決める時期には、絵や美術に関わる道へと進もうと考え、いろいろな学校を見学しに行ったのを覚えています。その時は1つのことを深く学べるという意味で専門学校と決めていました。OCHABIを選んだ理由は、体験授業が1番楽しかったこと、学校の雰囲気が気に入ったことでした。思い返せば、小学生で描いた将来のビジョンは今も変わっていないと思います。
OCHABIで学んだこと
プランニングの苦しさも、チームワークの難しさも、コミュニケーションの授業で学んだ。
OCHABIのコミュニケーションの授業では、いきなり制作に入りません。制作の前にマーケティングやプランニングという過程があります。企業から課題をもらって取り組むのも、OCHABIならではの学び方です。チーム制作において、1人ひとり個性や感性の違うメンバーと話し合いながら1つの課題に向き合っていくのは、私にとって大きな経験になりました。また、自治体(日光市)からの課題では、実際に現地まで足を運んでリサーチしました。有名ではない観光資源を探したり、現地の若者にアンケートをとったり……。その現地調査は、企画にリアリティを与え、説得力を高める上で必要なプロセスだったと思います。最終的なプレゼンテーションは演劇形式でやったのですが、人前で話すことにも少し度胸がついたと思います。振り返れば、全体的に楽しかったです。1つの課題が終わるたび、大きな達成感がありました。
現在の私
社会に出てから実感した、OCHABIの授業で経験していたことの意味。
卒業後は、インターンでお世話になったデザイン会社の方からのご縁で、今の会社にデザイナーとして入社しました。雑貨・ファッショングッズのメーカーで、自社ブランド商品の他、有名キャラクターを使用したOEM商品企画等を行っている会社です。私が入社した年は、ちょうど中途採用限定から新卒採用解禁への切り替えの年だったのですが、入社1年目の冬くらいからデザイナーとして仕事を任されるようになり、2年目を迎えた今、OCHABIの後輩もリクルートしつつ、やりがいに満ちた毎日を送っています。社会人となった今、さまざまな場面で、OCHABIで学んだ下地が活きていると実感することが多いです。というより、OCHABIの授業の延長線上に今があると言えるかもしれません。例えば、何かを制作する時、自分のデザインの意図を説明する時、OCHABIで実践していたマーケティングやプランニングが役に立っています。今後は自分のブランドを立ち上げられるようなデザイナーになりたいです。
小野川 直樹さん
2012年卒業
折り鶴アーティスト
ものづくりとは、自分と世の中の間にある何かをカタチにすること。
高校時代の私
自分の原点は小学生時代。もともと折り紙やプラモデルなど細かいことが好きだった。
小学生の頃は、ずっと家で折り紙を折っているような子供でした。鶴だけではなく昆虫や恐竜なども折っていたのを覚えています。もともと小さいものとか細かいものが好きで、折り紙だけでなくプラモデルもやっていました。高校生になって、進路も特に決めていなかった自分がOCHABIを知ったのは、母の友人の「OCHABIがいいよ」という話を聞いたのがきっかけです。ものづくりが好きなこともあり、パンフレットを取り寄せました。その後、OCHABIでの学校説明会にも参加しました。学校の雰囲気の良さに惹かれ、OCHABIに決めました。
OCHABIで学んだこと
自由な学風の中で、折り紙の好きな自分に再会する。想いを折り鶴の作品に込めた。
よく覚えているのは、コミュニケーションの授業で取り組んだ「サッカーに興味のない若い女性にどうやって興味を持たせるか」というadidasの課題です。マーケティングやプランニングなどひと通りの過程を経て、サムライブルーに関するファッションショーのような企画を立てたのを覚えています。チーム内での自分の役割としては、2mくらいのワールドカップトロフィーを制作しました。あと、アートという何でも自由に創れる選択授業があるのですが、その発表会で折り鶴をドット絵のように敷き詰めた1mくらいの自画像を作りました。当時は3.11東日本大震災がショックで、自分も折り鶴で何か貢献できないかと作品を贈ったのですが、これが想像以上に好評だったのは、折り鶴の表現に可能性を感じるきっかけになりました。卒業制作展でも、同じ手法で鶴の樹を作りました。全長2cmの鶴を全長2mのつげの木につけた作品ですが、これも反響がありました。小学生の頃から好きだった折り紙が日の目を見た瞬間です。自分の想いを絵や作品にしてコミュニケーションをすることで、誰かにしっかりと伝わることを学びました。
現在の私
折り鶴のアーティストとして活動するように。好きなことを追求し続ければ道は拓ける。
卒業後は、学校に紹介していただいた建築模型屋でアルバイトをしていましたが、次第に自分でものづくりをやりたいと思うようになりました。そんな時にOCHABIの先生から、とある展示会への出品を勧めていただいたのです。そこで、卒業制作の鶴の樹を出品して、オーディエンス賞を受賞しました。その後、他の受賞者と共にグループ展を開催すると、テレビ関係者の目にとまり、テレビ出演・取材などの依頼が来るようになりました。その流れで、百貨店で作品を販売したり、商業施設のオープニングイベントで市民の皆さんとオブジェを共同制作したり、いろいろな仕事をやるように。今は自宅をアトリエにして、オブジェやアクセサリーなど折り鶴を用いた多彩な作品を作っています。そんな中で感じるのが、自分の好きなことと世の中のニーズは違うということ。新しい実験的な試みも大切ですが、好きなものだけ作っていても受け入れられませんし、国や地域によっても売れる作品が違います。そのへんの感覚においても、OCHABIでの経験が役立っています。
臼井 千夏さん
2016年卒業
求人広告ディレクター
株式会社サン・アドセンター
社会に出る前に社会経験ができる学校。社会に出たら即戦力になる。
高校時代の私
いろいろなことを試してから将来のことを決めたいと思っていた。
高校の頃の私は、将来は普通に就職するより手に職を付けた方が良いと考えていました。というのも、面接などで話すのが苦手で、人前で自分をアピールするような職業には自分は向いていないと思っていたのです。だから私は、進路として専門学校を探していました。子供の頃から絵を描くのが好きだったこともあり、漠然と美術関係のことをやりたいとは思ってはいたのですが。とはいえ、具体的に何をやりたいのかはっきりしていなかったので、いろいろなことを試してから将来の仕事を決めたいという想いもありました。そんな時に、体験授業でOCHABIの存在を知りました。他の学校だと、アニメ、イラスト、グラフィックデザインなど、学科が分かれていて1度選んだら変えられないのに対して、OCHABIは入ってから決められる点が良いと思いました。
OCHABIで学んだこと
人前で話すことが苦手だった私に、コミュニケーション能力が付いた。
OCHABIは、自分に向いている分野に気づけたり、社会人になる前に社会の仕組みを学べたり、自分の苦手なことを克服できたりと、本当に得るものが多い学校でした。コミュニケーションの授業では、実際の企業の課題を解決するための企画制作を行うのですが、千代田区役所の課題が1番印象に残っています。最終的に採用はされなかったのですが、チームで話し合いながら課題を洗い出して、ターゲットを絞った企画を考え、実際に区役所に行ってプレゼンもしました。そんな感じで、チームで話し合いをしたり、企業にプレゼンする機会が何回もあって、気がつけば人前で話すことに慣れていました。そして、結局は人と関わらないと仕事はできないこと、好きなものだけを作っていても仕事にはならないことに気付かされました。学生という立場でありながら企業の人と関わることができるのは貴重でした。まさに、授業で社会経験しているようなものです。
現在の私
求人広告の企画、コピー、デザインを一人で任されるように。OCHABIでの経験が活きている。
今は求人広告を扱う広告代理店の制作部で働いています。もともと学生時代からアルバイトをしていた会社に、卒業のタイミングでそのまま正社員として入社しました。中途採用しかしてこなかったらしく、新卒での入社は初だったそうです。求人広告のクライアントは本当に多岐に渡るので、一社一社で違うターゲットやデザインのトーン&マナーなどを考えながら、1日に何本もの求人広告を制作します。それらの企画、コピー、デザインの業務すべては、私1人でやっていたりします。仕事への満足度は高いです。広告制作は作る時間より考える時間の方が多い仕事ですが、OCHABIのコミュニケーションの授業が今の仕事で非常に役に立っています。デザイン・アート思考の考え方やプレゼンテーションなど、学生の時点でビジネスの基礎的なことが学べたのは大きかったと思います。